本研究は、ヒトの手指による巧みな操り動作を捉え、その巧みさの源泉となる解剖学的、かつ神経生理学的知見に基づいた簡潔な制御手法の提案を目的としていた。初年度(昨年)は連続時間系でのロボットハンドによる操りタスクに絞り成果を上げてきた。その技術的知見に基づいて2年目(当該年度)には、前記の2段階姿勢制御則をさらに発展させ、100msもの大幅な時間遅れが制御ループに潜在する状況においても、把持物体を落とすことなく巧みに操ることに成功した。この時間遅れはヒトの運動制御系で例えるなら、各感覚受容器で知覚された感覚が神経パルス列となり求心性神経路を通って脳にまで伝達される時間を模擬したものである。特に、開発したビジュアルフィードバックによるロボットハンドシステムにおいては、ヒトの視覚情報の神経生理学的伝達遅れを意識した制御系となっている。また、本研究後半では、今まで不可能と見られていた本システムの理論的解析を試み、柔軟指2指ロボットシステムの安定操り動作におけるリアプノフ関数を発見した。そのような結果から推測できるヒト指の巧みさの源泉は、一つ目には指の物理的柔軟性にあり、二つ目には栂指と示指との幾何学的な意味での対向把持形態であると考えられる。これらの理論的知見によって分かったことは、提案2段階制御則におけるハンドの関節角に定常的な偏差が残るが、それは制御系全体に致命的な不安定性を与えるものではない。なぜなら、ロボットに与えたタスクは把持物体の姿勢制御であり、姿勢変数は目標値に誤差なく収束しているのである。つまり、前記の指関節の誤差は許容され得る物理量であると言える。
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