マダニは、ライム病やダニ脳炎など人獣共通感染症のベクターであり、病原体伝搬に関与するマダニの分子機能は不明な点が多い。吸血によりマダニに取り込まれた病原体は、血液蛋白質と同様に中腸消化上皮細胞に取り込まれ、血体腔へと移行する。このように血液消化と病原体移行が同様の経路を辿ることから、マダニの血液消化酵素群と移行病原体の間に機能的連関があることが想定される。これまでの研究から、バベシア原虫の卵への移行は、血液蛋白質分解経路の最終段階で作用するマダニアミノペプチダーゼ遺伝子発現の抑制によって促進されることが観察されている。そこで本研究では、マダニアミノペプチダーゼがバベシア原虫媒介過程にどのように関わっているのか、詳細な生化学的性状解析および細胞生物学的解析によって検討・考察を行うこととした。平成20年度では、中腸組織切片を用いた核染色による細胞生物学的解析により、アミノペプチダーゼ遺伝子発現を抑制したマダニの中腸管腔内バベシア原虫が、陰性対照のマダニ中腸管腔内バベシア原虫数と比較し、有意に減少していることを観察した。結果からは、アミノペプチダーゼによるバベシア原虫に対する直接的あるいは間接的作用が想定されるため、次年度ではバベシア原虫の試験管培養系を用いた詳細な生化学的解析を行う。また、マダニ組織切片上におけるバベシア原虫の免疫組織学的検出は、重要な細胞生物学的ツールであることから、有用な抗体の作製は必須である。本年度では、バベシア原虫に特異性の高いモノクローナル抗体を作製し、バベシア原虫感染血液の塗沫標本とマダニ中腸組織切片において、間接免疫蛍光抗体染色を行った。これまでに確立したモノクローナル抗体は、血液塗沫標本における赤血球内原虫の特異的検出に成功したが、中腸組織内の原虫に対しては検出に至っていない。現在検出方法について検討を加えているところである。
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