マダニは、ライム病やダニ脳炎など人獣共通感染症のベクターであり、病原体伝搬に関与するマダニの分子機能は不明な点が多い。吸血によりマダニに取り込まれた病原体は、血液蛋白質と同様に中腸消化上皮細胞に取り込まれ、血体腔へと移行する。このように血液消化と病原体移行が同様の経路を辿ることから、マダニの血液消化酵素群と移行病原体の間に機能的連関があることが想定される。これまでの研究から、バベシア原虫の卵への移行は、血液蛋白質分解経路の最終段階で作用するマダニアミノペプチダーゼ(HILAP)遺伝子発現の抑制によって促進されることが観察されている。そこで本研究では、HILAPが原虫媒介過程にどのように関わっているのか、詳細な生化学的および細胞生物学的解析によって検討・考察を行うこととした。平成21年度において、前年度より引き続き、原虫感染血を吸血したマダニ中腸の詳細な形態観察を行った結果、HILAP遺伝子発現抑制マダニにおいて、中腸管腔の上皮細胞層上における囲食膜(PM)の形成不全が確認された。PMは吸血した血液中の微生物等から中腸細胞を保護する役割があり、PM形成に必須なHILAPが、原虫のマダニ体腔内侵入を間接的に抑制していることが十分に考えられる。本研究によりマダニの血液消化酵素であるHILAPについて、バベシア原虫の媒介制御に関わる生物学的機能の一端を解明することができた。一方で、マダニ中腸組織切片における原虫の検出系の確立を目的とし、確立したモノクローナル抗体(MAb)2クローンは、条件検討の結果マダニ中腸組織内の原虫を検出するに至らなかったため、原虫の特異的検出を図る上で、合成ペプチド抗原の免疫により得られる抗体が適当ではないかと考えられた。
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