ヒトパピローマウイルス(HPV)は約8000塩基対の環状二本鎖DNAをゲノムとするウイルスである。HPVは生殖器粘膜の基底細胞に侵入し、そのゲノムは核へと運ばれ一過的に複製して50-200コピーの核内エピソームとなり、ウイルス増殖を起こさない潜伏持続感染となる。基底細胞の分裂時には細胞DNA複製と同調してHPV DNAも複製され、娘細胞に分配されてウイルスゲノムが保持される(潜伏期)。基底層から押し上げられた娘細胞が角化細胞への分化を始めると、HPVゲノムの大規模複製とキャプシドタンパク質の産生が起こり、ウイルス粒子が放出される(増殖期)。このようにHPV DNA複製の頻度は潜伏期と増殖期とで大幅に異なり、HPVはDNA複製モードを分化の前後で切換えている可能性が考えられる。本研究の目的は、「HPVのDNA複製モード切換えの分子機構」を明らかにすることである。まず、二つのDNA複製モードを同時に検出する無細胞HPV DNA複製系の構築を目指した。 平成20年度はこの系の構築に必要な基質DNAとDNA複製用の細胞抽出液を作成した。感染細胞が未分化の状態では、HPV DNAはシータ構造を取った複製起点から両方向に複製される。一方、HPV DNAをエピソームとして保持するヒト培養細胞では、細胞が分化を始めるとローリングサークル(RC)型機構で片方向にHPVゲノムが複製されることが報告されている。このことから両モード間の移行にはnickの導入が必須であると考えられ、基質DNAにはnicking enzyme認識配列を導入した。このシステムでは鎖特異的にnickを導入できる。DNA複製用の細胞抽出液は分化誘導後にRC型DNA複製が起こると報告されているW12細胞(16型HPVを安定にもつ)を用い、分化誘導前の抽出液、分化誘導後抽出液を調製した。
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