本研究においては、下等植物細胞における光依存的な核遺伝子の発現誘導に関わるレトログレードシグナル因子の同定、及び細胞内の光シグナル伝達系の進化的変遷についての基盤情報を明らかにするため、紅藻シゾンを用いて以下の研究を遂行した。1)DNAマイクロアレイ法による、暗所での既知のレトログレードシグナル因子による核遺伝子の発現誘導の解析をおこなった。その結果、Mgプロトポルフィリンの添加により短時間でHsp90遺伝子など、少数の遺伝子の発現が誘導されることを明らかにした。緑藻クラミドモナスにおいても、熱ショックタンパク質の誘導が確認されているが、ORF上流に類似した保存エレメントも見出された。レトログレードシグナル因子として知られる過酸化水素などの添加は遺伝子発現には全く影響を与えなかったが、これらは硫酸酸性の培地条件の問題もあり、今後検討したい。またいくつかのオルガネラ機能阻害剤添加下での、暗→明シフト実験の結果、核遺伝子の発現誘導に抑制的な影響が見られた。2)また、光依存的な核遺伝子の発現誘導ヘエピジェネティックな制御の有無を調べるため、HDAC阻害剤及びDNMT阻害剤添加下での光誘導性遺伝子の発現を調べたが、発現の変化は見られなかった。この結果から、ヒストンの不活性化修飾による抑制は、光依存的な各遺伝子の発現には効いていない可能性が高いことが示唆された。これらの結果から紅藻シゾンにおけるゲノムレベルでの核遺伝子の光依存的発現誘導機構は、既知のレトログレードシグナルとは異なる因子により制御されている可能性が高いことが明らかになった。
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