本研究はアジア女性の精神史の一断面として、海外と女性との邂逅について思考を巡らせたものである。具体的には、中国人の留学黎明期であった1880年代に米国に留学し、英語で講演や医療、農業、そして文学創作と多方面に渡って活躍した金韻梅(Yamei Kin)という女性に焦点を当て、金の異文化体験とナショナル・アイデンティティの構築との関係や、キリスト教と儒教との間の精神的葛藤、「女性の領域」に対する受容を考察し、資料調査とテクスト分析を主要な方法として、清末女性のあり方に文学からアプローチした。 まずは講演活動から着手して、英語を第一言語として獲得した金韻梅が、中国と米国、儒教文化とキリスト教文化の間でどのように中国を語り、米国ののオリエンタリズムに異議を唱えたのかを探った。 次に金による唯一の小説に注目し、ハワイ華人の家族について書かれた英文の短篇小説から読み取れるものを明らかにした。 中国近現代文学研究は一般に1915年の新文化運動を境に区切られて語られることが一般的だったが、今回の共同研究ではその枠組み自体を外し、「女性の越境」をテーマとして清末から民国期までを同じ問題意識で考え直すことを試みた。結果として、女性の越境は男性のそれと比べ、より「私」に属する事情(主に家族関係)に影響されており、「公」(つまり政治的)な事情で形作られてきた従来の時代区分に必ずしも馴染むわけではないことが明らかになった。
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