ヒトを含めた動物にとって、身体は顔と同様に多様な社会的シグナルを出す身体部位であるとともに、実際に接触を伴った他個体との交渉の媒体として機能するなど、生活において重要な役割を果たしている。しかし、顔の知覚様式についてはその進化的起源を探求する比較認知科学的研究が精力的におこなわれているにもかかわらず、身体の知覚・認識の進化的起源を探る比較認知科学的アプローチはきわめて少ない。そこで本研究では、ヒトの幼児とチンパンジーを対象とし、彼らの身体知覚・認識を比較分析することを目的とする。具体的には、1)彼らがもっている身体についての素朴概念(体の各部位や、その構成など)の分析、に加え、2)彼らの身体の形態・構造・機能に対する認識を分析、することにより、彼らが身体についてどのような概念体系に基づいて理解しているかをあきらかにすることを目的とする。2021年度は新型コロナ感染症の影響もあり、ヒト幼児を対象とした実験は見合わせ、チンパンジーを対象とした実験に集中した。身体部位を選択肢とする見本合わせ課題を訓練した。具体的には、見本として全身像がまず提示され、そのうちの頭・腕・胴体・脚のいずれかが短時間点滅する。その後、チンパンジーは、別の場所に提示された全身像に対して、見本刺激時に点滅していた部位を選択することが求められた。本年度の訓練により、5個体がこの課題を遂行できるようになった。訓練が終了した個体については、見本刺激と反応刺激に異なる個体、異なる姿勢の全身像を刺激とするテスト課題へと移行し、彼らの身体部位に対する概念的理解を分析した。その結果、異なる姿勢、さらには異なる個体の写真に対しても、身体部位に応じたマッチングをおこなうことができ、被験体が身体部位に対する概念的理解を持つことが示された。
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