研究課題/領域番号 |
20F20386
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
上川内 あづさ 名古屋大学, 理学研究科, 教授 (00525264)
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研究分担者 |
SU MATTHEW 名古屋大学, 理学(系)研究科(研究院), 外国人特別研究員
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研究期間 (年度) |
2020-11-13 – 2023-03-31
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キーワード | ヤブ蚊 / 配偶行動 / 聴覚 |
研究実績の概要 |
蚊は吸血することで感染症を媒介し、多くの人を死に至らしめる。蚊の吸血は、交尾後のメスが産卵のための栄養源を得る行動である。よって、蚊の被害を防ぐ方策の一つとして、配偶行動への介入が考えられる。本研究では、世界各地でデング熱やジカ熱を媒介するヤブ蚊類2種(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ)を対象に、聴覚を介した配偶行動の原理とその神経基盤を理解し、繁殖制御への新たな道を探ることを目的とする。
今年度は、研究室内でオスの聴覚を介した配偶行動を解析できる実験系を立ち上げた。この行動は、蚊柱を作って飛行中のオスが、メスの羽音を検知して接近する、というものである。日周期をコントロールした恒温室の中にオス集団を入れ、メスの羽音を模した人工音をスピーカーから再生した。その結果、ネッタイシマカにおいて、特定の周波数の純音を発するスピーカーへの接近飛行を誘発できた。一方でヒトスジシマカでは、純音を発するスピーカーへの接近飛行は誘発されなかった。種に固有の、接近飛行を引き起こす条件があると予想される。
また、オスやメスの発する羽音の測定系も確立した。前述の実験と同じように日周期をコントロールした恒温室の中に、固定下で飛行させることが可能なようにワイヤーを取り付けたオスまたはメスを入れ、小型マイクで羽音を測定した。測定した羽音の周波数を分析し、主要な周波数を特定した。また、集団で飛行するオスやメスからも、羽音の主要な周波数を特定することに成功した。これにより、特定の時刻や温度におけるそれぞれの羽音を解析するための実験系が整備できた。今後は、羽音の変化がどのように接近飛行に影響を与えるのかを解析する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、ネッタイシマカとヒトスジシマカ、という2種類のヤブ蚊を対象として、配偶行動に重要な機能を持つ聴覚系の動作原理や聴覚行動の神経基盤の理解を進めることで、繁殖制御への新たな道を探ることである。これを実施するためには、実験室内で聴覚を介した配偶行動を再現する必要があるが、初年度にその立ち上げに成功した。さらにオスが示す特定の周波数への音への接近飛行も、人工音を用いることで実験室での再現に成功した。来年度はこの実験系を使うことで、蚊の配偶行動を制御する重要な要素である、聴覚機構の解明が大きく進展することが期待できる。
また本研究では、上記解析を通じて、繁殖制御への新たな道を探ることも目的としている。ここまでの解析により、人工的に作成した音を用いてオスの接近飛行を誘発することに成功している。そこで、オスが示すこの性質を利用して蚊を捕集することができる音トラップを試作した。実験室内で使用した結果、オスの蚊を集めることに成功した。そこで、これに続いて野外での試験を実施し、その結果を受けて現在改良を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
雌雄の羽音が混在する蚊柱の中で、オスがどのようにしてメスの微弱な羽音を検出するのか?という謎を解くため、下記2項目の解析を進める。
①聴覚を介した接近飛行の駆動原理の解明 ここまでの解析により、人工音を用いた行動解析により、オスの(メス羽音源への)接近飛行を惹起する音成分を同定した。しかし野外での音トラップをデザインするためには、温度変化による影響も考慮する必要がある。実際に、雌雄ともに羽音の主要周波数は気温により変化することが知られている。そこで今年度は、様々な温度域において音源への接近飛行行動を測定する。これにより、温度と接近飛行行動との関係性を解明する。また、聴覚器の感度も、温度変化に対応している可能性がある。そこでレーザードップラー振動計を用いて、様々な温度域における聴覚器振動の特性を解析する。これにより、2種のヤブ蚊それぞれが示す、聴覚を介した接近飛行の駆動原理を解明する。 ②聴覚系の遠心性制御機構の解明 哺乳類では、脳からの遠心性神経投射が聴覚器感度を能動的に制御する。ネッタイシマカとヒトスジシマカにおいても、脳から聴覚器への遠心性神経投射の存在が示唆されている。そこで本項目では、遠心性神経投射に関わる可能性がある神経修飾物質が、聴覚機能に与える影響を解析する。まずはRT-PCRにより、オクトパミンとセロトニン(あるいは他の神経修飾物質)の受容体遺伝子が、聴感覚細胞で発現するか確かめる。次に、同定した受容体の機能を阻害し、聴覚系への影響を調べる。これら解析から、神経修飾物質を介した聴覚系の感度制御機構を理解する。
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