研究課題/領域番号 |
20H00123
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
金子 邦彦 東京大学, 大学院総合文化研究科, 名誉教授 (30177513)
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研究分担者 |
栗川 知己 関西医科大学, 医学部, 助教 (20741333)
坂田 綾香 統計数理研究所, 数理・推論研究系, 准教授 (80733071)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 頑健性 / 可塑性 / 学習 / 進化 / 次元圧縮 |
研究実績の概要 |
[I]進化シミュレーションによる次元縮減の検証およびその条件の解明:遺伝子制御ネットワークの進化シミュレーションをさらに進めて、適応状態だけでなく、ストレス応答に対しても次元縮減されていることを確認し、縮減された次元を求めた。 [II]理論解析:まず、実際のタンパクデータを用いて次元縮減を明らかにし、それが進化と揺らぎと相関していることを確認した。ついでスピン系の統計力学進化モデルを用いた次元縮減の理論研究をタンパクのアロステリック制御へ拡張する研究を進めた。活性部位以外の場所(調節部位)に物質が結合することで構造および活性が変化するタンパク質の進化をモデル化した。調節部位に対する入力に応じて出力スピン配置が変わる模型としてアロステリック酵素を表現し、入出力関係が頑健になるために必要な進化の条件を求めることができた。このときも低次元への縮減が成立することを確認した。 力学系理論では、次元縮減により少数自由度の変化が遅く、他の自由度はそれに比べ速く緩和していることを確認した。 [III]細胞―多細胞階層への展開:バイオフィルムなど微生物が集団を形成して全体で増殖、維持する例をふまえて、微生物集合体のモデル化を行い、そのダイナミクスを調べた。また、分子―細胞レベルの次元縮減理論を目指して、遺伝子発現とエピジェネティックスの相互影響するモデルの研究をすすめて、細胞分化やリプログラミングへの適用を行った。 [IV]神経集団における学習過程:抽象化されたニューラルネットワークを用いて入出力関係の学習モデルを構築した。このモデルを用いて、神経活動の次元と非線形度と、学習速度および想起性能との関係を明らかにした。この学習モデルにより、カオスの縁で学習速度および想起性能が同時に最適化されることを明らかにした。また、2つのスケールをもつ神経系の解析でベイズ情報が埋め込まれていくことを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Covidのもとで集まって議論する機会が失われ、また論文も出版まで時間がかかるなどもあったが、およそ予定通りに進捗した。以下各テーマを述べる。 [I] 進化シミュレーションは遺伝子制御ネットワークでの次元縮減が予定どおり進んだ。また有性生殖を視野に入れて2倍体モデルでの遺伝子制御ネットワークのシミュレーションも進行し、予想以上の結果を得られた。この場合のロバストネスの進化と次元縮減の関係を模索中である。 [II] タンパク質の構造のデータ解析からは想定以上に次元縮減の結果が得られ、その進化的起源の議論も進んだ。スピン系モデルの進化による次元縮減と結び付けることも進行中である。スピンモデルについては制御により状態が変化する場合に、その状態遷移過程に次元縮減が成り立つかを確認中であり、これにより複雑なタンパク質の進化の理解の準備が整った。 [III]多細胞系については、遺伝子発現とエピジェネティック制御の簡単なモデルが細胞分化のみならず、リプログラミングまでを再現できることの発見は想定以上で、今後、この成立と次元縮減の関係を探っている。 微生物集団を視野に入れた細胞間相互作用生態系モデルに関しては、多種共存系を生成することができ、これで次元縮減を調べる準備が整った。 [IV} 厳密に解析できる、分岐による記憶モデルの構築の成功は、神経自発活動とその学習への意義を調べ得るベースになる。この解析を進めている。また速い・遅いのモジュールを持つ神経回路網がベイズ情報処理をおこないうることの発見は、遅い時間スケールの回路が積分をおこないベイズのpriorをつくりうることを示す、予想以上の成果であり、この解析を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
[I]進化シミュレーションによる次元縮減の検証およびその条件の解明:遺伝子制御ネットワークを異なる条件で進化させ、抗生物質への交差耐性が形成されるかを明らかにする。一方、速い遺伝子発現と遅いエピジェネティック過程の相互影響が持つ多環境への適応能力を明らかにする。また、環境条件が悪くなった時に次元縮減が破れ、それが細胞の休眠状態への転移と関係するかをシミュレーションにより調べる。 [II]理論解析:昨年度までの研究で、アロステリック制御の進化をスピンモデルを使って数値的に解析した。今年度は、このモデルで見いだされた低次元構造を適切に特徴づけ、この空間上での活性部位の遷移ダイナミクスと進化のメカニズムを理論的に解明する。一方で昨年度、タンパクデータを用い次元縮減を明らかにしたので、さらにアルファ・フォールドのデータも用い、バクテリアから多細胞生物へと至る進化における次元縮減の変化を明らかにする。 [III]細胞―多細胞階層への展開:異なる微生物からなる生態系のモデル化を行い、各細胞の低次元縮減された状態変化の細胞間の相関を調べ、それと多細胞共存の条件、系のロバストネスとの関連を求める。 [IV]神経集団における学習過程:昨年度までの研究を受けて、埋め込まれたメモリパタンと新規学習パタンの相対的な位置関係に着目し、学習速度がどのように変化するのかを解析する。また低次元化された神経活動で、タスク開始から経過する時間を表現する活動が見られており、この現象の成立条件を明らかにする。また、速い神経活動が遅い活動に埋め込まれる過程のモデル化も行う。
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