研究課題
本研究では、シングルサイクルのテラヘルツ(THz)パルスと走査トンネル顕微鏡(STM)を組み合わせたTHz-STM装置を開発・改良し、サブピコ秒時間分解能かつ原子分解能で電子ダイナミクスのイメージングすることを目指している。本年度は遷移金属ダイカルコゲナイド単原子層の超高速ダイナミクスの計測を中心に研究を進めた。まず試料の作製方法を改良し、Au/Mica表面上に単層TMDCを転写する新しい方法を確立した。昨年度まで用いてきた方法では単層のみならず2層以上の多層領域が得られることが問題であったが、新手法では単層の比率を100%近くまで向上することに成功した。次に転写したMoS2単層をSTM/AFMを用いて観察した結果, 単原子層がAu表面から離れて浮いている状態(中空サスペンド構造)が点在することが確認された。中空サスペンド構造は10~100nmサイズでドーム状に膨らんだ構造を持つことからMoS2に生じる強い歪みによりバンドギャップが縮小し, 光励起した励起子がドーム内に局在することが期待される。そこで中空サスペンド構造上とその周辺でTHz-STMを用いて時間分解計測を行った。517nmの可視パルス光を用いてMoS2を励起し、その励起状態をTHzパルスにより生じるTHz電流によりプローブした。その結果,中空サスペンド構造上で指数関数減衰が観測され解析により数psと数100 psの2つの時定数をもつことが明らかになった。同様のサスペンド構造上で時間分解発光計測を行ったところ数100 psの緩和時間が得られており、THz-STMの結果と同様の緩和寿命を持つことから、THz-STM計測の信号の起源として励起子の関与が強く示唆された。
2: おおむね順調に進展している
今年度の実験によりMoS2単層サスペンド構造上においてナノスケールに局在した励起子に関連したダイナミクスの計測に成功している。この実験は、当初の予定とは異なるものであるが、本研究計画の主目的の一つであるTMDCヘテロ界面での電荷ダイナミクス計測に向けた予備実験として重要な進展であるといえる。このように新しい試料に対する実験結果が出てきているが、時間分解イメージングに向けて装置の安定性やデータのノイズレベルが高いなどまだ改善すべき点があり、装置改良も継続的に進めている。特にTHz電場強度の向上が重要な課題であり光学系の再構築を行った結果、再構築前に比べて5倍程度の電場強度の改善が得られた。これによりレーザー発振周波数を50MHzに上げても計測が可能となり、今後光パラメトリック発振(OPO)を活用した実験も進めることが可能になると期待できる。以上より順調に進んでいるといえる。
本年度はまず現在進行中の装置改良を早期に完了させ昨年度に引き続きMoS2サスペンド構造の計測を進める。サスペンド構造周辺で時間分解信号をイメージングすることで励起子ダイナミクスの実空間イメージングを行う。次にOPOからの波長可変パルス光をポンプ光として用い、TMDC中の各種励起状態への遷移を選択的に励起することでナノスケール領域における励起子ダイナミクスの解明を行う。次にMoS2/WSe2積層ヘテロ構造試料に対して同様の実験を進め、ヘテロ界面における電荷ダイナミクスの観察を進める。
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