研究課題/領域番号 |
20H00474
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
藤原 晴彦 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (40183933)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | スーパージーン / 擬態 / アゲハチョウ / 平行進化 / 遺伝子機能 / 相同組換え / 染色体逆位 |
研究実績の概要 |
シロオビアゲハのベイツ型擬態の原因領域は染色体逆位によって固定されたスーパージーンであるが、ほぼ同じ構造の擬態スーパージーンをもつ近縁種のナガサキアゲハには染色 体逆位が存在しない。そこで、2種の擬態スーパージーンの構造と構成遺伝子の発現と機能の比較などから、ベイツ型擬態の平行進化の遺伝的背景とスーパージーンの構築原理を解明することを目的として研究を行った。「擬態スーパージーンの複数の遺伝子が擬態形質に関与しているか」は、擬態スーパージーン研究の中では最も大きな関心事の一つだが、擬態のスイッチを制御するdoublesex(dsx)以外の遺伝子の機能については明瞭な結果が得られていなかった。そこで、原因領域内部のUXTとU3Xがシロオビアゲハの擬態形質に、UXTがナガサキアゲハの擬態形質に関与しているかをエレクトロポレーション介在型RNAi法(EM-RNAi法)で調べた。その結果、いずれの種の擬態型メスにおいてもUXTやU3Xの発現を抑制すると、擬態形質はわずかに抑制され、これらの遺伝子がdsxの機能を補完する役割を果たしていることが明らかとなった。一方、スーパージーン原因領域の外側にあるProsperoやSir2などの近隣遺伝子の機能についてもEM-RNAi法によりそれぞれ発現を抑制すると、擬態紋様形成が影響を受けた。特にSir2の発現抑制では擬態紋様が大きく変化したことから、近隣領域の遺伝子もスーパージーンの適応形質の形成に重要な役割を果たしていることが明らかになった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで研究されたスーパージーンは様々な生物種で十数以上報告されており、そのほとんどが複数の遺伝子を含む原因遺伝子領域が逆位によって固定されていることが示されている。しかし、それぞれの複雑な適応形質がどのような遺伝子によって生み出されているかが明らかになった例はほとんどない。ましてや、複数の遺伝子が対応する適応形質(本研究ではメス限定のベイツ型擬態)に関与していることが示されたのは本研究が初めてのことである。とくに、エレクトロポレーション介在型RNAi(EM-RNAi法)のような遺伝子の機能を直接解析するような系で示されているケースは他にはほとんどなく(多くはGWASのような間接的な証拠による)、本研究の結果はスーパージーン研究にとっては大きな前進と考えられる。一方、今回の結果からは、擬態の切り替えを主に行うのはdsxであり、原因領域内部にあるUXTやU3X(シロオビアゲハの場合のみ)がdsxの機能を補完する働きをしていることが示唆された。この結果は、前者が複雑な適応形質のメインレギュレーターレーターであり、マスタージーン(master gene)として機能しているのに対し、後者の遺伝子群は修飾遺伝子(modifier gene)として働いていることを示唆しており、これまで実証されていなかった仮説をある程度解明できたのではないかと考えている。さらに今回、原因領域の外部で隣接した遺伝子Sir2をノックダウンすると、擬態紋様が大きく変化したことから、スーパージーンの構成ユニットが必ずしも逆位内部に限られておらず、逆位の外側の領域にまで及んでいる可能性が示され、スーパージーンの定義を考える上で重要なデータを提示した。
|
今後の研究の推進方策 |
今回の結果から、擬態スーパージーン内部のdsx以外の遺伝子(UXTやU3X)が擬態紋様形成に関与していることが強く示唆された。dsxがmaster geneとして働き、UXTやU3Xがmodifier遺伝子として働いている可能性を示した点は、前者によってある程度複合適応形質の方向性が規定された後に、より精度の高い適応形質に仕上げるのに後者が働いて最適化されたという進化上の仮説をある程度実証したともいえる。しかし、modifier geneがmaster geneの制御下、つまり転写因子であるDsxの下流に存在してその機能を果たしているかどうかは、重要な意味を持つと考えられ、Dsxの下流遺伝子のネットワークを明らかにする必要がある(このことについては、2022年度の研究によって明らかにする)。一方、本スーパージーン研究の他の研究に対する優位性は、EM-RNAi法を活用して候補遺伝子の機能を明確にした点にある。他のスーパージーンが制御する現象は、社会性、行動、性分化などきわめて複雑な適応形質であるため、Crispr/Casなどのゲノム編集を使っても原因遺伝子の機能を明らかにするのは極めて難しい。また、これらの方法は形質変化の観察をするのに長期の時間を要するのに対し、擬態紋様を対象とするEM-RNAiはわずか1週間ほどで結果を観察できるため、圧倒的に有利であることから、今後はさらに別の擬態スーパージーンにも適用して、より広範な現象で今回示された結果(複数の遺伝子が適応形質に関与する、スーパージーンユニットが逆位領域外にも及ぶなど)を実証することが重要と思われる。
|