研究課題/領域番号 |
20H00489
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
金井 求 東京大学, 大学院薬学系研究科(薬学部), 教授 (20243264)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 触媒 / エピジェネティクス / アミロイド |
研究実績の概要 |
生体は、タンパク質や核酸といった生体高分子が基質として、酵素が触媒として、それぞれ機能する化学反応の場であり、生命はシステム化された秩序有る化学反応のネットワークによって創発・維持されている。逆に病態は、生体の化学反応ネットワークの異常に起因すると見なすことができる。我々は酵素反応を補完・代替しうる化学触媒を細胞内や生体内に組み込むことで、生命の化学秩序に合成的かつ積極的に介入して疾病を治療する概念の確立を目指して研究を行っている(触媒医療)。具体的には、染色体エピジェネティクスに介入する化学触媒と毒性アミロイドを分解する化学触媒の創製を目標としている。
ヒストンアシル化触媒の開発においては、リガンドLANAのC末端にPEGを導入したところ、PEGの分子量に応じて細胞内安定性が向上することが分かった。一方で、ヒストン結合能は、PEGの分子量が大きくなるほど低下した。最適化した化学触媒を用いると、最大51%収率でのH2BK120アセチル化が生細胞内で観測された。生細胞内でのヒストン修飾レベルをwestern blotで調べたところ、H2BK120ユビキチン化レベルが減少していることを見出した。これは、化学触媒によって導入されたH2BK120アセチル基が保護基として働き、酵素反応によって同じ残基に導入されるユビキチン化を阻害したためと考えられる。
アミロイド分解触媒においては、アミロイド特有の高次構造を認識して光酸素化活性がONになり、血液脳関門を透過できる化学触媒を開発した。この触媒の特性を活かして、アルツハイマー病モデルマウスに化学触媒を静脈注射しマウス頭部に赤橙色光を照射すると、マウス脳内でAβ光酸素化の促進が確認された。さらにこの触媒反応は、マウス脳内のAβ量を顕著に低下させた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究で目標としている、生細胞内でのヒストンアシル化反応を、高収率で達成した。さらに生細胞内で化学触媒が促進する人為的な反応により、生物学的な応答を見出し、化学/生物ハイブリッド触媒(競合型)という独自概念を提唱するに至った。
また、アミロイド分解触媒の研究テーマにおいては、静脈注射して体外から赤橙色光を照射するという非侵襲的な方法で、アルツハイマーモデルマウス脳内での人為的反応(酸素化)をアミロイド選択的に促進できた。この反応が、マウス脳内のアミロイド量を顕著に減少させることを明らかにした。その機構は、反応によって生じる光酸素化アミロイドを、脳内のミクログリア細胞が貪食して、選択的に分解しているためであることが分かった。ここに化学/生物ハイブリッド触媒(協奏型)を提唱し、このオリジナルな概念をさらに発展させる段階に入っている。
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今後の研究の推進方策 |
ヒストンアシル化触媒の開発においては、より簡便で直接的な方法によって生細胞内に導入される化学触媒を創製して行く。そのために化学触媒にCell penetrating peptideを導入し、細胞に振りかけるだけでエピジェネティクスを操作できる方法へと展開する。それとともに、化学触媒の活性を向上させて、細胞外からアシル化剤を添加することなしに、細胞の代謝経路により細胞内で生じる低濃度のアシルCoAをアシル化剤として利用できる化学触媒の開発をおこなう。さらに、人為的に導入するエピジェネティクスマークの抗がん作用等、病態の治療や生命現象の操作へと研究を進める。
アミロイド分解の研究テーマにおいては、化学触媒のさらなる構造変換により脳内移行率の向上と触媒活性の向上により、アミロイド除去効率の2桁向上を図る。それとともに、ミクログリアがいかにして酸素化アミロイドの分解をおこなっているのかの検討をおこなう。加えて、アミロイドβだけにとどまらず、タウ、αーシヌクレイン、トランスサイレチンといった病態関連アミロイドの分解にも化学触媒の適用を拡張する。
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