研究課題
がんの分子標的治療薬開発は、がん遺伝子産物の活性制御を狙ったものが主流である。一方、その多くは耐性獲得や不応性の存在、創薬フィージビリティの低さなどによって、期待通りの効果を見込めないことが問題となっていることから、新規の治療法の開発が切望されている。研究代表者らは耐性獲得にも対応出来る新たな概念に基づいた既存の治療戦略として、がん抑制因子の抑制活性を利用した治療薬の開発を目指し、乳がん細胞において多岐のがん関連シグナルの抑制活性を有するがん抑制因子PHB2(Prohibitin 2)に着目してきた。詳細な機能解析の結果、エストロゲン受容体(ER)陽性乳がん細胞の細胞質において、我々が同定したがん特異的足場タンパク質BIG3がPHB2と結合し、その抑制機能を制御すること、さらに「BIG3-PHB2相互作用阻害ペプチド(stERAP)」を開発し、BIG3から解放されたPHB2の抑制活性を利用した新たな治療法を提唱した。本研究では、ER陽性乳がんとは異なる、HER2陽性乳がん、トリプルネガティブ(TNBC:ホルモン受容体、HER2陰性)乳がんおよび治療耐性乳がん細胞におけるBIG3-PHB2複合体の役割の解明およびstERAPの新規治療法としての可能性について検討する。本年度は、HER2陽性およびtrastuzumab耐性乳がん細胞において、BIG3-PHB2複合体がそれぞれ異なる細胞内局在を認めること、ER陽性乳がん細胞と同様に、stERAP投与にてPHB2の核内移行による癌関連シグナル遺伝子群の転写活性化の抑制を明らかにした。さらに、stERAPのHER2陽性およびtrastuzumab耐性乳がんのin vitroおよびin vivo抗腫瘍効果を確認した。
2: おおむね順調に進展している
(1)HER2陽性およびtrastuzumab耐性乳がん細胞におけるBIG3-PHB2制御機構の解明HER2陽性細胞において、trastuzumab感受性細胞と耐性細胞ではBIG3-PHB2複合体の異なる細胞内局在を認めた。trastuzumab感受性細胞では、BIG3-PHB2複合体はトランスゴルジネットワーク(TGN)に局在し、HER2増幅によるシグナル活性化によってBIG3がリン酸化されること、それによりBIG3結合PKA, PP1Cαの脱リン酸化活性が亢進し、その結果、PHB2が脱リン酸化され、その抑制活性が不活化されることを明らかにした。一方、BIG3-PHB2相互作用阻害ペプチドstERAPにて、BIG3から解放されたPHB2は、その抑制活性に重要な複数のセリンもしくはスレオニン残基がリン酸化され、ER陽性乳がん細胞と同様に、核内に移行してがん化関連シグナル分子の転写活性を抑制した。(2)HER2陽性およびtrastuzumab耐性乳がん細胞におけるstERAPの抗腫瘍効果の検討stERAPの複数のHER2陽性およびtrastuzumab耐性乳がん細胞におけるin vitroおよび乳がん細胞同所性移植ヌードマウスを用いてのin vivo抗腫瘍効果を確認した。
HER2陽性におけるtrastuzumab感受性および耐性乳がん細胞におけるBIG3-PHB2制御機構の解明については、各種HER2乳がん関連シグナルカスケードへの関与、stERAP投与時の影響を調べ、各BIG3, PHB2リン酸化の責任キナーゼの同定、各種リン酸化部位特異的Ala変異体を用いて、HER2-EGFRなどの膜型受容体の二量体形成、膜型受容体シグナルカスケード、細胞内局在性および細胞増殖抑制効果への影響について検討する。BIG3高発現TNBC細胞におけるBIG3-PHB2複合体の局在確認から、その複合体結合タンパク群の同定からTNBCにおける病態意義の解明とstERAPによるTNBCの抗腫瘍効果をin vitro, in vivoで検討する。HER2陽性、TNBCの臨床検体を用いた免疫組織染色によるBIG3、PHB2の発現量および BIG3-PHB2リン酸化と予後をはじめとした各種臨床所見との相関解析を検討する。これにより、予後マーカー・治療効果のマーカー、および、これらを用いたコンパニオン診断薬の開発を進める。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (12件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
Nat Genet.
巻: 52 ページ: 669-679
10.1038/s41588-020-0640-3. Epub 2020 Jun 8.