研究課題/領域番号 |
20H00659
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
安達 泰治 京都大学, 医生物学研究所, 教授 (40243323)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 骨 / マイクロ損傷 / バイオメカニクス / 多階層力学 / 数理工学 |
研究実績の概要 |
高齢者に見られる骨疾患の一つである骨粗鬆症は、骨の量的低下に加えて質的な劣化を伴うことが知られており、骨折リスクが高まることによる生活の質の低下が課題となっている。そのため、骨粗鬆症の予防・治療法の確立が望まれているが、運動等にともなう力の作用により生じる骨基質内のマイクロ損傷の蓄積とリモデリングにより修復する細胞活動とのバランスを定量的に予測することは容易ではない。特に、運動強度と関連する力学的因子と治療薬の作用と関連する生物・生化学的因子との相互作用は、非常に複雑である。そこで本研究では、骨のマイクロ損傷感知とそれに誘導される細胞シグナル伝達、さらに、それらの微視的なダイナミクスから多階層間の連関を経て、巨視的な組織レベルの修復・リモデリングに至る現象を力学的な観点から理解することを目指している。 まず、骨細胞のマイクロ損傷感知と破骨・骨芽細胞による損傷修復の過程を数理モデルとして表現し、これを骨リモデリングシミュレーションへと導入することにより、その現象記述能力を確認し、定量的な解析結果の表現方法について検討した。まず、数理モデルを海綿骨の単体骨梁および少数骨梁に対して適用することで、モデルのふるまいの基本的な特性を検討した。次に、同モデルを海綿骨モデルへ適用することで、複数の骨梁において同時並行して生じるマイクロ損傷の蓄積とリモデリングによる損傷修復が、構造体としての力学機能を維持しながら進行する興味深い結果が示された。この結果は、骨基質の材料としての損傷過程と治癒・リモデリングのカップリングする複雑な現象を計算機シミュレーションによりin silico実験として明らかにした一つの成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
骨のマイクロ損傷蓄積とその感知による修復・リモデリング機構を同時に考慮することで、骨粗鬆症に対する治療薬投与と運動・リハビリテーションを同時に考慮した新たな治療法への応用を目指し、基礎的なin silico数理実験とin vitro細胞実験を継続した。
1)骨のマイクロ損傷発展とターゲットリモデリングのモデル化(in silico 実験):損傷力学を導入して構築した骨のマイクロ損傷発展とその損傷をターゲットとして修復が駆動されるターゲットリモデリングの数理モデル化を進めた。このモデルを海綿骨のボクセル有限要素モデルに導入し、単体・少数骨梁構造を用いた基礎的検討に加えて、複雑な構造をもつ海綿骨のシミュレーションを行った。その結果、骨の損傷・修復・リモデリングの過程をin silico観察し、それらを定量的に評価することが可能となった。また、骨細胞の数密度低下に伴うメカノセンシング能力の低下とリモデリングによる骨修復のバランスの重要性が示された。
2)骨組織・三次元培養ゲル中の骨細胞のネットワーク構築(in vitro 実験):マウス大腿骨の基質中における骨細胞ネットワーク、および、骨細胞の微細構造観察を継続した。骨の超薄切片に対して、原子間力顕微鏡を用いた微細構造観察と力学特性評価を行った。また、in vitroにおけるコラーゲンゲル内部の骨細胞ネットワーク構築手法を改良し、前駆骨細胞から分化過程において形成される細胞間ネットワークを観察するための新たなマイクロデバイスを作製した。このin vitro実験系を用いて、骨細胞が分化の過程において細胞突起を動的に伸縮する様子を観察することができた。今後、力学・生化学場の変化に対するそのネットワーク形成のダイナミクスを観察可能な実験系へと拡張する。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、これまでのin vitro細胞実験とin silico数理実験をさらに発展させ、骨粗鬆症の治療薬投与と運動・リハビリテーションによる新しい治療法の考え方を検討する。
1)骨のマイクロ損傷発展とターゲットリモデリングの計算機シミュレーション:損傷力学の導入によりモデル化した荷重に対する骨のマイクロ損傷蓄積の数理モデルを用いて、複雑な海綿骨の損傷発展をシミュレーションする。また、これまでに構築したマイクロ損傷により誘導される破骨細胞活性化の数理モデルを用いて、海綿骨の損傷修復過程をシミュレーションする。これらを通じて、海綿骨内に分布する破骨細胞・骨芽細胞の活動と力学解析により得られる応力との関連をそれらの空間的分布の時間変化として定量的に追跡し、微視的な観察だけでは理解できない、骨構造体としての骨損傷・修復ダイナミクスを明らかにする。
2)三次元培養ゲル中の骨細胞ネットワーク中の情報伝達の解析:構築した骨細胞ネットワーク実験系を用いて、骨細胞間の小分子の拡散的ふるまいを直接観察し、ネットワーク中の情報伝達特性を解析する。また、骨組織の超薄切片に対して、原子間力顕微鏡を用いることにより微細構造の力学特性を評価し、各種分子の蛍光観察との重ね合わせにより、構造と特性の同時評価を行う。さらに、昨年度新たに開発したマイクロデバイスを用いて、三次元培養ゲル内における骨細胞突起の伸展・退縮ダイナミクスを観察し、ゲル内部における骨細胞ネットワーク形成の過程を探る。
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