研究課題/領域番号 |
20H01787
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
伊澤 栄一 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (10433731)
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研究分担者 |
茂木 一孝 麻布大学, 獣医学部, 教授 (50347308)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 親和関係 / 自律神経 / 脳 / 内臓感覚 / 鳥類 / カラス |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,緊張や反発的な社会関係にある者同士,および,互いに接近し合うことができる親和的な社会関係にある者同士,それぞれの対面場面において脳と身体に生じる生理学的なメカニズムについて,ヒトとは異なる系統において複雑な社会性が独立に進化した鳥類カラスを対象にすることで,進化的観点から明らかにすることである。当該年度は,優劣関係と呼ばれる緊張・反発的な関係を形成しているカラスのオス2個体の対面場面において,無線式心電位記録技術を用いて心電位データを記録することで,身体で生じている変化を調べた。その結果,優位個体と劣位個体の心拍変化および自律神経活動が異なることが明らかになった。特に,劣位個体には心拍低下と副交感神経の亢進がみられたことから,緊張の原因となる優位個体との対面によって,劣位個体の身体内部では不快・嫌悪情動と共通するメカニズムがはたらいている可能性が示唆された。これと並行し,鳥類ではいまだ明らかになっていない身体反応を検出する内受容感覚の大脳領域について,ハトを対象として検討した。薬理学的に内臓を刺激することで生じる摂食抑制を内臓不快の行動指標として利用し,ハトの大脳巣外套中間領域を局所機能阻害した場合としなかった場合とで,摂食抑制の程度を比較した。結果,同領域を局所阻害すると,内臓不快による摂食抑制が消失した。このことは,同領域が内臓不快感覚の受容に関与していることを示唆するものであり,鳥類における内受容感覚の大脳領域を初めて示したものであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
カラスを対象として,優劣関係を形成した2個体の自由交渉下における心電図計測を行い,心拍変動解析によって自律神経の関与を調べた。同解析の結果,対面交渉中,劣位個体には心拍の低下と副交感神経の賦活がみられ,優位個体には心拍の上昇と交感神経の賦活がみられた。この結果は,優劣関係のような社会的反発・緊張作用の強い個体間関係において,当該個体同士の対面時にみられる身体生理反応は,緊張を与える側と与えられる側とのあいだで異なることを示す。特に,劣位個体にみられた心拍低下と副交感神経の賦活は,嫌悪性情動に随伴する生理反応との共通していることから,優位個体との対面事態は,劣位個体の身体レベルにおいて嫌悪性情動と共通の神経機序が関与していることを示唆する。さらに,身体反応を受容する鳥類大脳領域の探索も行った。ハトを対象に,内臓刺激として塩化リチウム投与を用い,それに伴う摂食抑制を内臓不快の評価系とした実験を行った。ハトの大脳における巣外套中間領域を局所的に機能阻害した前後において,摂食抑制の程度を比較した。その結果,塩化リチウム投与によるハトの摂食抑制は,同領域の機能阻害によって減弱・消失した。この結果は,同領域が内臓不快の感覚情報処理ないしは評価に関与する可能性を強く支持するものであり,鳥類の大脳における内臓感覚領域を明らかにした初めての研究である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策として,2つのアプローチを行う。まず,ハトの大脳で見出した内臓感覚領域(巣外套中間部)がカラスにおいても同様の機能をもつかを明らかにする。その上で,カラスの優劣個体間の対面事態においても,内臓感覚領域に神経活動がみられるか,および,いかなるペプチドを含む神経細胞が賦活しているのかを組織神経科学的に明らかにする。これらのアプローチによって,社会的な反発・緊張作用が伴う個体同士の対面における内受容(痛みや内臓感覚)神経機構の解明を試みる。
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