研究課題/領域番号 |
20H01862
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
中澤 康浩 大阪大学, 理学研究科, 教授 (60222163)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 電荷分離 / 誘電特性 / 熱容量 / 熱伝導 / 電荷揺らぎ |
研究実績の概要 |
本研究では、空間的に広がったカチオン性、アニオン性のクラスターユニットが分離積層した構造や、それぞれが異なったネットワーク構造として連結することで作られる大きな電荷分離状態をもつ分子性化合物を対象に、非平衡性や局所的に強く働く分子間相互作用に根差した物性開拓を行うことを目的としている。令和3年度は、比較的強固なカチオンフレームをもつ[Co2Au4(dppe)2 (D-pen)4]X2・nH2O系、アニオンフレームをもつM6[Rh4Zn4O(L-cys)12]nH2O系物質、さらにドナーとカウンターイオンが分離型の積層様式を形成するTTF骨格をもつ電荷移動塩を対象に、分子ダイナミクスがもたらす非平衡性や局所構造の揺らぎ、グラス化などの問題に対して検討した。 まず、極微単結晶試料を用いた誘電特性を精密に測定する手法を整備し、さらに高圧下での誘電特性の変化を調べるシステムの開発、単結晶試料を用いた熱容量測定のセルの整備を行った。さらに分子運動のダイナミクスによるフォノンの状態を知るために熱輸送測定を精密に行うための単結晶熱伝導装置開発などを進めた後、熱物性、誘電物性、輸送特性の測定を系統的に行った。 カチオンフレーム型の電荷分離塩では、カウンター部のアニオンが結晶中の水分子とともにフレームの空隙内で大きくゆらぎそれが変調電場によって大きく揺らぐ誘電異常を示す。高圧下での測定で、空間的な制約によりダイナミクスは抑制されることが明らかになった。それとともに、空間的に閉じ込められた水の挙動によるブロードな熱容量異常が出現することが熱容量測定から明らかになった。また、アニオンフレーム型の塩ではカウンターイオンであるアルカリイオンの電場変調によって誘引されるダイナミクスが見いだされた。さらに電荷移動塩における熱伝導の測定から、分離積層した塩の中で生じる電子由来のグラス化挙動についても議論した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和3年度は、電荷分離超分子塩におけるアニオン部位での水等の局所運動に関する実験と考察、さらにその運動の制御、分子性電荷移動塩での電荷のゆらぎに基づく特異な物性を検出することを中心に進めた。 [Co2Au4(dppe)2 (D-pen)4]X2・nH2O系化合物で{NO3-},{Cl-}10, {Br-}10などアニオンが数個から10個集積した特異な構造をもつクラスター中 で、水やアニオン分子の動的挙動によるリラクサ―的な誘電特性が、圧力によってどのように変化していくかを、高圧力セルを用いた加圧下誘電測定を精密に測定することで検討を加えた結果、圧力印加による水の運動空間の縮小による誘電率の劇的な低下が観測された。また、これらの塩の中で水のダイナミクスが発現する系の熱伝導率の温度依存性を測定したところ、分子の局所振動を反映したような活性化型の温度依存性が出現することが観測された。{NO3-}塩の熱容量測定の結果からも室温以上で上昇する熱容量が観測されているためクラスター内の分子のダイナミクスが熱物性に大きく関係していることが示唆される。また、アニオン系が巨大ネットワークフレームをつくるM6[Rh4Zn4O(L-cys)12]nH2O(RhZn系)の物質について、同様の測定装置を用いて、その誘電特性の測定を行った。複素交流インピーダンスから水の運動と同時にカチオンであるアルカリイオンの移動に基づく信号が大きく観測され、その解析から束縛の低い状態での運動であるという特性が明らかになった。熱伝導度の値もカチオンフレーム型の物質よりも数倍大きくなることも明らかになった。また、電荷移動塩の強相関効果によって生じるガラス状態に対する熱力学的な特徴も、熱容量測定によって明らかにした。これらの装置開発や、物性研究成果は学会や国際会議、学会発表等を行っており、順調に進行していると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
分子性化合物において電荷分離が起源となり、分子の運動やフォノンの構造的な変化を伴う現象の探索と、それに伴う新規現象の開拓を本年度に得られた研究成果をもとに、継続して進めて行く。分子の多様なダイナミクスを調べるためには、令和2-3年度に作成してきた誘電特性の評価と、熱伝導度の測定条件はより広い温度範囲、また外的環境制御下で実現する必要がある。これまで、室温付近での極微単結晶に対する測定を行っていたが、対応する温度を誘電率測定では液体ヘリウム温度、熱伝導度の測定は3Heを用いた0.7 Kまで測定範囲を広げる。さらに熱伝導度は、磁場中での測定が可能になるような開発を進める。令和3年度にも着手した精密熱分析装置、イメージング測定装置を使った熱計測についても室温付近から200K-400K程度の温度領域、局所的に生じる熱の分布についても追及していく。 これらの手法を用いて、カチオン性の ネットワークをもつM6[Rh4Zn4O(L-cys)12]nH2O(RhZn系)ではアルカリイオンサイトの運動性とその電場による制御などの電場誘引物性を検討する。一方で、アルカリイオンを価数の高い金属イオンと置換していくとイオンそのものの流動性は止まるが、遷移金属イオンや希土類イオンなどスピンをもつイオンの導入によりダイナミカルな揺らぎをもつスピンのグラス的な振る舞いや超常磁性的な振る舞いが生じる可能性がある。水分子の揺らぎを誘電的な特性を調べながら磁気的な特性の検出を進めていく。また、電荷分離構造をもつ電荷移動塩でも、同様に電場、磁場誘引の効果と強い電子相関によって生じる電子起源の諸現象が物質の中の分子の揺らぎや格子振動、特に低エネルギーでのガラス化挙動に与える影響を探索していく。
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備考 |
研究成果の一部は、大阪大学理学研究科附属熱・エントロピー科学研究センターと理学研究科物性物理化学研究室のHPに掲載している
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