研究課題
近年,太陽に似た恒星が巨大フレアを起こすことが観測され,若い太陽が高エネルギーかつ高フラックスの太陽エネルギー粒子(SEPs)を放出した可能性が示唆されており,これが生命誕生に寄与した可能性が理論的に示唆されている。本研究においては, SEPsが(1)地球のハビタビリティに与えた影響,(2) 原始大気からの有機物生成を促進した可能性,(3) アミノ酸のホモキラリティー生成との関連を中心に模擬実験を行った 。(1)では,非還元型大気(窒素・二酸化炭素・水混合気体)への陽子線照射を行い,気相生成物をGC/MSにより分析したところ,一酸化二窒素の生成が確認され,その温室効果により初期地球の凍結を防いだ可能性が示された。(2)では非還元型大気にごく微量のメタンを加えた「弱還元型大気」への陽子線照射,火花放電,紫外線照射を行ったところ,陽子線照射のみアミノ酸が生成することが確認され,SEPsが原始地球上でのアミノ酸生成の主要エネルギーとなったことが示唆された。また,非還元型大気に鉄(II)イオンを含む水を加えた系への陽子線照射を行ったところ,アミノ酸が生成し,原始海洋中に存在した鉄(II)の働きにより,非還元型大気からでもSEPsによりアミノ酸生成が可能なことが示唆された。(3)ではSEPsが大気と衝突した時に生じるミュオンがアミノ酸のエナンチオ過剰を生む可能性を調べるため,DL-アラニンに大強度陽子加速施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設からのミュオンを種々の電荷,ヘリシティで照射し,誘導体化後にGC/MSで分析したところ,いずれも微小なエナンチオ過剰が検出された。その確認のための実験を計画中である。また,宇宙環境下でのSEPsと紫外線同時照射実験の可能性も検討している。
2: おおむね順調に進展している
1.初期太陽が現在よりも暗く,その場合,地球表層温度は零下であったとされる。これを暖めるには適当な温室効果ガスが必要であるが,二酸化炭素やメタンでは十分ではないとの計算がある。SEPsによりより強力な温室効果ガスである一酸化二窒素の生成は理論的に予測されていたが,加速器実験によりこれを初めて確認することができた。2.生命の誕生に必要とされるアミノ酸などの含窒素有機物の生成に関しては,原始地球大気が非還元型もしくは弱還元型の場合は地球での生成が不可能もしくは限定的とされ,地球外有機物の持ち込みが重要とされてきた。今回,模擬原始大気(非還元型・弱還元型)への陽子線照射を行うことにより,SEPsのエネルギーにより,弱還元型原始大気からのアミノ酸の生成が可能であることが確認され,非還元型だった場合も原始海洋中に豊富に存在した鉄(II)の還元作用を用いれば生成可能であることが示唆された。3.生命の誕生に必要なアミノ酸はラセミ体ではなく,L体かD体の一方であることが必要とされ,地球ではL体のアミノ酸が使われている。その起源として,星間で生じたアミノ酸が円偏光紫外線によりアミノ酸のエナンチオ過剰(ee)が生じ,それが隕石などにより地球に運ばれた可能性が議論されており,地球上でのeeの生成は説明が難しかった。SEPsが大気分子と衝突した時に生じるミュオンは,パリティ非保存則から一方のスピンのものに限定されるため,これがアミノ酸のeeを生む可能性が理論的に示唆されてきた。本研究は,これを実験的に確かめようとするもので,ミュオン照射によりeeが生じる可能性が示唆された。ただし,その確認のための繰り返し実験が必要である。4.SEPsと太陽紫外線とのシナジー効果による有機物生成も期待できる。国際宇宙ステーションを利用し,液体試料や気体試料の宇宙曝露実験の検討を進めている。
1.原始大気中でSEPsの働きで一酸化二窒素の生成が示されたが,これはその赤外吸収から温室効果を持つことに加え,近紫外線活性であることから,大気中での太陽紫外線による含窒素有機物(アミノ酸など)の生成が期待できる。原始地球上で化学反応を起こすエネルギーとしては太陽からの紫外線が最大であるが,近紫外線は窒素を解離できない。そこでSEPsで生成した一酸化二窒素を加えた混合気体から,紫外線によりアミノ酸などの含窒素有機物が生成可能かどうかを調べる。2.鉄(II)の作用により,非還元型大気から陽子線照射でアミノ酸が生成する可能性が示された。この再現性を調べ,その効果を定量的に評価する。特に,二酸化炭素から一酸化炭素への還元を調べるが,GC/MSでの分析では窒素と一酸化炭素の質量電荷比(m/z)が等しく区別が難しいため,安定同位体の利用を試みる。また,紫外線により二酸化炭素の解離が起きるが,これとSEPsの効果とのシナジーによるアミノ酸生成の可能性についても調べる。将来的には宇宙実験により紫外線と粒子線の同時照射を行うことを目指し,その準備実験を行う。3.模擬原始大気実験生成物中のアミノ酸以外の分析も行う。対象となるのは,核酸塩基,糖,カルボン酸などで,それぞれの全有機炭素に占める割合が出発材料によりどう変わるか,また他のエネルギー源(紫外線・火花放電など)ではどうなるかを調べる。4.SEPsにより生じたミュオンによりアミノ酸のエナンチオ過剰が引き起こされる可能性をさらに検証するため,J-PARCでの再実験を行う(マシンタイム申請中)。また,生じたエナンチオ過剰の評価は,GC/MS法で行ってきたが,他の評価法(円偏光二色性スペクトル法,HPLC法など)や,自己触媒反応(Soai反応)によるエナンチオ過剰増幅も試みる。
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第64回宇宙科学技術連合講演会講演集
巻: JSASS-2020 ページ: 4440 (6 pp)