本研究は、熱分解に起源を有する低分子炭化水素が呈する同位体システマチクスを実験および観測で解明することを目的とする。本年度は、昨年度までに引き続き、実験室における熱分解実験と天然試料採取を行い、両者の同位体分析を行った。実験では、昨年度までと同様に、ディクソン型実験装置を用いて熱分解炭化水素を生成するため、反応基質としてリグニンおよびオクタデカンの2種を利用した。今年度は、先の二年度よりも低温の条件での熱分解を実施した。採取した試料は、真空引きした30mLバイアル瓶に封入し、ただちにGC-FIDを用いてLHC濃度を定量し、同位体分析に十分な量となるよう以降の採取量を調整した。観測は昨年度に引き続き、九州霧島系の火山帯における温泉水ならびに噴気孔において気体成分を採取した。温泉水とは別に気体成分のみが噴気している地点については、ガラス製の試料採取瓶を噴気にあてがい、ガラス瓶の内部が十分に試料ガスで置換されるまで採取した。温泉水が湧出しているものの噴気が見当たらない地点については、ガラス製の試料採取瓶の中身を事前に十分に廃棄しておき、これを温泉水に浸し開栓することで吸入し撹拌することで、溶存気体をガラス瓶内の気相に抽出した。実験および観測で採取した試料の炭素同位体比(13C/12C比)および水素同位体比(D/H比)を海洋研究開発機構横須賀本部で実施した。メタンの多重置換同位体分子組成(13CDH3/12CH4)の分析については井尻が担当し、神戸大学において実施した。エタンの多重置換同位体分子組成(13C13CH6/12C12CH6)の分析は、研究分担者である上野が担当した。これまでに実験的に生成した熱分解炭化水素の同位体システマチクスが、天然のそれと比べ、同一視できるものではない場合が散見されており、従来の議論を見直す必要性が示唆されている。
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