研究実績の概要 |
鉄鋼水素脆化理解のため、物質中で疑似水素としてふるまう正ミュオン(μ+)の希薄鉄合金中の拡散・捕獲をμ+スピン回転・緩和法(μ+SR)で調べた。水素の鉄中への溶解度は0.01at.ppm程度と少なく微視的な研究を行える唯一の方法はμ+SRである。その中でμ+スピン縦緩和法によって拡散・捕獲の情報が得られることを示した最初の実験研究である。実験は、東海村にあるJ-PARCのミュオン科学研究施設MUSEとカナダのTRIUMF研究所のミュオン科学研究施設MMSにおいて行った。前者では長い緩和時間の実験、後者では、μ+スピン回転実験と早いμ+スピン縦緩和実験を行った。MMS実験はコロナウイルスのため繰り延べになったもので、2022年11月に実施した。Fe中に置換不純物原子Cr,Mn,Co,Al,Si,Moは水素との相互作用は斥力であり、Ti、Niは引力であることが判明した。FeAl,FeSiでは、不純物による局所歪の正ミュオンの拡散に影響が観測された。μ+のBCC鉄中の占拠位置は、150K以下は四面体格子間隙位置、200K以上では四面体と8面体格子間隙位置両方を占めることを見つけた。格子間隙不純物については、Oは水素と引力相互作用であり、室温近辺で捕獲・拡散をすることを見つけた。C、Nとは斥力と考えられる。特に、酸素が水素の捕獲中心となることは本研究で初めてみつかったことであり、鉄鋼の水素脆化を考えるのに重要な発見である。また、鉄中の転位と水素との相互作用を調べるために冷間圧延鉄とマルテンサイト鉄中のμ+の挙動を調べた。この実験は令和5年2月にMUSEで行われ、解釈は現在進行中である。大部分の実験が最終年度となり、データの一部の解釈は現在進行中である。一部の結果は、2022年3月開催の日本物理学会、2022年8月開催の第23回ミュオンスピン回転緩和共鳴国際会議で発表した。
|