研究課題/領域番号 |
20H02080
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
志賀 拓麿 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 講師 (10730088)
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研究分担者 |
児玉 高志 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 特任准教授 (10548522)
千足 昇平 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 准教授 (50434022)
岡田 晋 筑波大学, 数理物質系, 教授 (70302388)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ナノスケール熱伝導 / 二次元材料 / 第一原理計算 / 表面フォノン / ナノ・マイクロ加工 / ラマン測定 |
研究実績の概要 |
外場によって誘起された機械的なひずみによる熱伝導性の変調など、想定していた因果関係とは異なる機構が発現する可能性がある。外場と機械ひずみの影響を分離するために、第一原理に基づいてグラファイト・インターカレーション化合物を対象に積層方向の面外ひずみによる熱伝導性の変調を解析した。面外ひずみを印加すれば積層間距離が短くなることから、面外方向の熱伝導はひずみに対して自然な振る舞いをする一方で、面内方向の熱伝導は材料に応じて異なる応答をすることが分かった。ひずみによる電子バンドの変調によって原子間の線形・非線形バネ定数が変わり、振動状態やフォノン輸送が変調されたことが異なる応答性の原因であると考えられる。より詳細な解析が必要であるが、この結果は外場とひずみの影響は完全に分離できないことを示唆していることから、外場による熱伝導性変調の大きさを適切に評価する手法が必要であることが分かった。 外場による熱伝導性の変調では二次元van der Waals積層系を対象としてきたが、ペロブスカイトなどの強誘電体材料でも同様の効果が期待される。三次元系を用いる際には外場による効果が消失しないよう薄膜化することが予想されるため、10 nm程度までの膜厚を有する極薄膜の熱伝導解析を実施した。膜厚と熱伝導に寄与するフォノンの波長が同程度となる薄膜においては、薄膜表面に局在するフォノン(表面フォノン)が存在することが予想されるが、本計算によって表面フォノンが表面フォノン以外のフォノンの輸送を強く抑制すること、また薄膜熱伝導のモデリングで広く用いられてきた理論モデルが適用できないことを明らかにした。薄膜構造によって表面フォノンの影響を制御できることから、薄膜表面に対してナノ構造化を行うことで、外場印加による熱伝導性変調を促進・抑制するなど、熱を自由に操るための制御方法の新しいストラテジを得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
二次元van der Waals(vdW)積層系への応用を念頭に、バルク積層系としてグラファイト・インターカレーション化合物(Graphite Intercalation Compound, GIC)を対象に、ひずみが熱伝導性の変調にもたらす影響を検証した。質量や価数の観点からLiC6とKC8を対象とし、面外(積層)方向のひずみは最大で10%を考慮した。面外ひずみによって音響フォノンがハードニングする傾向は両方の材料で見られたが、KC8については2 THz近傍のフラットバンドを示す光学フォノンの縮退が解消され、分散性が生じることがわかった。熱伝導については、面外ひずみが印加されると積層間距離が短くなることから、面外熱伝導率はひずみ量に対して増加するが、面内熱伝導率は材料に応じて異なる振る舞いをすることが明らかになった。これはひずみよるフラットバンドの解消によって、フォノン-フォノン散乱の位相空間が増加したことによるものと考えられる。 また二次元vdW積層系以外にも電荷注入や電場印加による熱伝導性の変調についてペロブスカイトが有力な候補である。二次元材料以外を対象とする際には外場の効果が失われないよう、極薄膜化することが想定される。膜厚が熱伝導に参加するフォノンの波長と同程度になると、外場以外にも薄膜化によって熱伝導性が変調されることから、ペロブスカイトなどの非積層系への展開の前に、実験と理論の双方でよく調べられているシリコンを対象とし、極薄膜化が熱伝導に与える影響を理論的に調べた。数百原子を含む0.5 nmから10 nmの膜厚を有する薄膜の原子構造を陽に考慮した格子動力学計算を実施したところ、薄膜表面に局在するフォノン(表面フォノン)が、非表面フォノンの輸送を強く抑制すること、またこの抑制効果が20 nm程度までは無視できないことが初めて明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
バルク積層系の熱伝導に対する機械ひずみの影響の解析により、ひずみ印加によって電子バンドの変調を通じ、振動状態や熱伝導が変化することがわかった。これはひずみと外場の効果が定性的には同じであることを示唆しているが、それぞれの効果が質的にも同じであることとは限らない。材料にもよるが、たとえば電場印加や電荷注入とひずみに対して敏感である電子バンド・フォノンモードが異なる可能性があるため、二つの効果を効果的に組み合わせることで高度な熱制御を狙える。そのためにもひずみや外場印加下における電子バンドと原子間力定数の関係を解明していく。 原子構造をあらわに考慮したシリコン極薄膜の熱伝導解析によって、10 nmまでの膜厚領域であっても表面フォノンが薄膜の熱伝導を抑制すること、さらに薄膜表面の構造化によって表面フォノンを制御できることが明らかになった。ペロブスカイトなどの強誘電体薄膜の熱伝導も同様に解析し、表面フォノンが薄膜全体に与える影響を評価しつつ、表面構造化と外場の二つの効果を利用した新たな熱制御の指針を見出す。またこれまでは静的な外場を主に取り扱ってきたが、動的な外場によって時間または空間的に線形・非線形原子間力定数を変化させ、熱整流性など非相反輸送の発現や熱フォノンの閉じ込めに挑戦する。
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