本研究では、その応用に極めて有望なデバイスであるスピン偏極電子を用いたシリコンベーススピントランジスタの開発を最終目標とする。この開発のためには「高効率なスピン偏極電子の注入・検出源のシリコン上への創製」が必要であり、その基盤となる「シリコン二次元反転チャネル中でのスピン伝導物理の解明と制御」「スピン伝導物理の定量的な解明とスピン注入・検出源の技術開発」を行う。 本年度は、「スピン伝導物理の定量的な解明とスピン注入・検出源の技術開発」を中心に行った。スピン注入検出源としてn+-Si基板上の磁気トンネル接合を用い、薄層トンネル障壁層として窒化物と酸化物の中から様々な材料を作製した。特に、超低接合抵抗で高いスピン偏極電子を生成するトンネル接合を目指し、1nm未満での膜厚を中心に、スピン偏極率の膜厚依存性を解析することとした。それらのトンネル障壁層上にMgとFeを作製し、デバイス形状に加工して、様々な定バイアス電流を印加しながら3端子法でスピン注入信号(ハンル信号)を測定した。取得した信号を理論式でフィッティングすることで、Si中電子のスピン偏極率を見積もった。 電流-電圧特性から、従来の接合抵抗の約1/10まで作製に成功したことを明らかとした。また、従来のスピン注入信号は、電子流がSiからFeの方向である場合しか検出されなかったが、接合抵抗が下がるにつれて、電子流がFeからSiの方向の場合にも同程度の信号が検出された。電子のスピン偏極率は、どちらの電子流方向においても、電流値が大きくなるほど(接合電圧低下が大きいほど)小さくなった。また、接合抵抗が低下するに従い、スピン偏極率が低下した。これらの特徴がトンネル障壁層に用いた材料に関わらず得られたため、低接合抵抗におけるスピン注入物理の本質的な特性であることを示唆している。これは、本研究によってはじめて明らかとされた。
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