研究課題/領域番号 |
20H02346
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
川嶋 嶺 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 特任助教 (80794429)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ホールスラスタ / 電気推進 / プラズマ / 放電制御 / 数値流体力学 |
研究実績の概要 |
(1)電子異常輸送を再現するプラズマシミュレーション 磁化プラズマ中の電子異常輸送現象を再現するため、ホールスラスタの軸方向・周方向を対象とした二次元プラズマ解析を行った。磁化された電子の流れを安定に計算するための新しい数値スキームを考案し、そのスキームを用いてホールスラスタの周方向に現れるプラズマ振動現象の高解像度解析を試みた。その結果、勾配ドリフト不安定性に基づくと考えられるプラズマの振動現象を観測し、渦状の流れが生成される様子を観測した。この振動現象は電子の磁場束縛を弱め、電子輸送を促進させる効果があることが分かった。さらに、シミュレーションにおいては比較的大きい渦のみを解像すれば、妥当な電子輸送促進効果を解析可能であることが分かった。 (2)勾配ドリフト不安定性に関する摂動解析 (1)の数値シミュレーションで得られたプラズマの振動現象が、勾配ドリフト不安定性によるものであるか検証するため、ドリフト不安定性の理論に基づく摂動解析が行われた。数値シミュレーションと摂動解析の結果を比較したところ、振動の発生源や増幅率に関して両者が一致することが確認された。シミュレーションでの振動現象が勾配ドリフト不安定性の物理を反映したものであることが示された。 (3)中和器電子源の放電シミュレーション イオン推進機は、排出されたイオンを中和するための中和器電子源と合わせて用いられるため、中和器電子源も重要な開発対象となる。本研究課題で開発を目指すイオン推進機のデジタルツインにおいて一つのコンポーネントとなる、中和器電子源のシミュレーションコードを開発した。六ホウ化ランタンからの熱電子放出を用いる、ホローカソードと呼ばれる中和器電子源のシミュレーションを行い、先行研究と同様の妥当な計算結果を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
イオン推進機の数値シミュレーションは計画通り進展した。ホールスラスタの軸方向-周方向を対象としたプラズマシミュレーションでは、電子流れの解析において数値的で非物理的な振動が生じる、という数値計算上の難しさがあったが、今年度幸運にも電子流れを安定的に計算する新しい数値スキームを考案することができた。その結果、軸方向-周方向におけるプラズマの不安定現象を、長い時間高解像度で解析し続けることが可能となり、プラズマの振動現象と電子異常輸送の数値解析を大きく進展させることができた。 今年度はホローカソードと呼ばれる中和器電子源のシミュレーションにも、計画を前倒しして着手した。イオンを粒子として、電子を流体として扱うハイブリッドモデルを用いた放電プラズマのシミュレーションコードを開発した。ホローカソードの数値シミュレーションでは、エミッタと呼ばれる熱電子放出面でのシースモデルが重要となるが、シース内のプラズマ特性を1次元で解析するモデルを新たに開発した。 今年度計画していた静電プローブを用いたプラズマ計測実験は、コロナ禍によって実験の機会が減少したため、計画通り進めることができていない。今年度はイオン推進機でのプラズマと壁面の干渉を計測するため、壁面の電流ー電圧特性を計測する実験を行った。その実験結果から、壁面イオン損失量を定量化し、壁面部材にカーボンを用いた場合は10,000時間を超える推進機寿命が達成可能であることなどを明らかにした。 以上から、実験に関しては計画より遅れているものの、数値シミュレーションは計画以上に進展しているため、今年度の進捗を概ね順調に進展した、と評価する。
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今後の研究の推進方策 |
今年度も数値シミュレーションと実験を推進する。イオン推進機の数値シミュレーションでは放電プラズマに生じるドリフト不安定性と、電子異常輸送に関する解析を進め、詳細な物理を解明する。まず、MHzオーダーの振動現象であるドリフト不安定性と、kHzオーダーの遅い現象である電離振動との相互干渉を解析し、実験結果との定性的比較を行う。また種々の推進機作動条件において数値シミュレーションと摂動解析の結果を比較し、ドリフト不安定性の解析に対するシミュレーションコードの妥当性検証を進める。 中和器電子源の解析を今年度も引き続き行う。前年度の研究でシミュレーションコードに関し、先行研究などで得られた実験結果との比較を行い、妥当性検証を行う。また、近年では磁場印加化で中和器電子源を作動させる場合があるため、磁場印加によって中和器の作動特性がどのように変化するか明らかにする。 種々の数値シミュレーションの妥当性検証に用いる実験データ取得のため、プローブ計測実験を行う。推進機近傍でのプラズマ電位や電子温度などのプラズマ特性を、周方向も含めた3次元で計測するシステムを開発する。 ホールスラスタでは推進剤としてキセノンが用いられてきたが、キセノンは地上での年間生産量が限られていることから、現在代替推進剤の検討が国内外で行われている。開発中のシミュレーションコードを代替推進剤での放電解析に対応できるよう拡張させ、かつ代替推進剤における妥当性検証を行う。本研究では特に、小型衛星用の推進剤として有力視される水を使用するホールスラスタへのモデル拡張を行う。さらにモデル拡張に際し必要となる水ホールスラスタの実験データ取得と、水分子反応に関する解析及びモデル構築を行う。
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