研究課題/領域番号 |
20H02399
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
今坂 智子 九州大学, 芸術工学研究院, 講師 (90193721)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | テロ安全対策 / レーザーイオン化 / 質量分析 |
研究実績の概要 |
1. 飛行時間型質量分析計の開発・・イオンの飛行距離が6.5 cmで、飛行時間を1 μs前後まで短縮できる小型の飛行時間型質量分析計を開発した。これにより高繰り返しフェムト秒Ybレーザーをイオン化光源として利用できるようになった。試料はシリカキャピラリーから連続的に導入し、高沸点化合物を分析できるようにした。レーザーパルスとイオン信号パルスの時間間隔を測定し、その値を蓄積したヒストグラムから質量スペクトルを求めるため、市販装置のTimeHarpを用いて時間相関単一イオン計数測定を行った。クロロベンゼンを用いて質量分解能を確認したところ670の値が得られた。また検出感度についても、積算時間を1時間程度延長することにより、毎秒0.3 カウント程度の微弱なイオン信号でも明瞭な質量ピークが観測されることがわかった。また、繰返し速度が120 kHzのフェムト秒Ybレーザーの基本波(1030 nm)から可視光(515 nm)、近紫外光(343 nm)、深紫外光(257 nm、206 nm)を発生させた。これをイオン化源として、各要素を組み合わせた質量分析計を開発した。 2. オンサイト・リアルタイム計測技術の開発・・試料を1秒間隔で測定できる方法を開発した。また、30 m前後の長尺プローブで遠隔から試料を迅速に採取できるようにした。過酸化アセトンなどの爆発物については標準試料を購入し、ガラス基板上に蒸発させて分析した。サリンなどの化学兵器剤については、化学構造及び分光学的性質が無毒な類似物質を用いて、オンサイト・リアルタイム測定できることを確認した。 3. テロ実施者の特定のための計測技術の開発・・精密測定を行うため、開発装置をガスクロマトグラフ装置と結合した。有用性を示すため、発がん性多環芳香族化合物の混合物を分析した。検出限界等により既報の結果と比較して十分な分析感度をもつ事を示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画に従って研究を行い、概ね順調に進展した。すなわち、目標とする小型質量アナライザを開発し、高繰返しフェムト秒Ybレーザー、時間相関単一イオン計数装置と組み合わせることにより、高性能な質量分析計を開発した。また、爆発物や化学兵器剤類似物質のオンサイト・リアルタイム測定を通して、その有用性を示した。さらに精密測定のためガスクロマトグラフと結合し、その有用性を示した。これにより当初の目的をほぼ達成した。 ただ、研究の進行に伴って理論計算により求めた余剰エネルギーをゼロにしても一部の分子は分子イオンが増強されず、理論値の計算精度に問題があることが判明した。したがって、余剰エネルギーは理論計算ではなく、実際に光電子分光装置で測定することが望ましいことがわかった。 開発した装置では、これまで生じた陽イオンの質量スペクトルを測定している。しかし、電極に反対の電位を印加すると電子の運動エネルギーを測定することができると考えられる。そこで、「質量分析と光電子スペクトル測定を同時に行うことができれば、相補的な役割を果たす新規な分析装置が開発できるのではないか?」と言う着想に至った。 そこで、真空チャンバーにおいて質量分析計と光電子分光装置を組み合わせた新しい装置を製作する追加実験を行うことにした。これまでの実験により、クロロベンゼンについて質量分析と光電子スペクトル測定を同時に行えることを実証している。
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今後の研究の推進方策 |
今後、開発した質量分析計の一層の高性能化について検討し、多くの応用例を通して有用性を示す。そこで、下記に述べる研究を行う。 (1)飛行時間型質量分析計の開発・・・本年度は、質量分解能を改善するため飛行管の距離を延長する方法を検討する。レーザーの繰返し速度を大きくしたときに質量スペクトルが重ならないように、イオンの飛行時間をできるだけ短くするためリペラー電極に5 kV(MHVコネクターの最大電圧)まで印加できるようにする。このときの質量分解能を求める。 (2)オンサイト・リアルタイム計測技術の開発・・・オンサイト・リアルタイム計測の一例として、呼気中のアセトンの分析について検討する。これにより糖尿病の診断などに利用できるようにする。フェムト秒Ybレーザーの第四高調波(247 nm)、第五高調波(206 nm)、及びその組み合わせ(247 + 206 nm)を用いる方法について検討し、分子イオンを増強できる分析条件を探索する。これらの条件において、質量分析/電子分光測定を行うと共に、このような方式の有用性を示す。 (3)テロ実施者の特定のための計測技術の開発・・・試料に含まれる多数の化合物を正確に測定するには分離手段であるガスクロマトグラフと組み合わせる必要がある。そこで本年度は、開発したレーザーイオン化質量分析をガスクロマトグラフィーと結合し、毒物の一種である発がん性ニトロ芳香族化合物を分析する。フェムト秒Ybレーザーの第三高調波(343 nm)、第四高調波(257 nm)、及びこれらを組み合わせて(247 + 206 nm)イオン化する方法を検討する。2つの光パルスの時間遅延を変化させながら質量スペクトルと強度変化を測定し、分子イオンが増強できる条件を探索する。また神経ガス代謝物などの極性分子をブロモメチル基を結合した誘導化試薬で標識して分析する方法を研究する。
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