研究課題
本研究の目的は,(1)ネットワークが断片化する組成域で新規ガラス合成を行うこと,(2)それらのガラス構造を短距離だけでなく中距離まで包含する階層的視点から理解し,ガラス形成メカニズムを解明すること,(3)各種物性を支配する構造学的特徴を抽出し,ネットワーク断片化を積極的に利用するための材料設計指針を確立すること,である.一年目である今年度は主にR2O3-B2O3系(Rは希土類元素)において,大きな進展が見られた.これまでにLa2O3-B2O3系では,La-rich組成でガラス化すること,全てのBは孤立BO3として存在していること,そして赤外域に新しい透過領域が出現することを見いだしていた.最近この現象は,Laを他の希土類に変えても普遍的に見られることがわかったが,それだけでなく希土類を多く含む組成のガラス形成メカニズムが,競合する結晶の構造と強い相関があることを明らかにした.各種先進的構造解析手法により,B-Oネットワークが存在しない状況でのガラス化が,最密充填構造からのずれによるランダムパッキングによるものと解き明かしたことは重要な成果である.AO-SiO2系(Aはアルカリ土類金属元素)では,修飾酸化物としてMgOとCaOを混合することで,単純二元系では見られなかった孤立SiO4のみで成り立っているガラスの合成に成功した.これらのガラスは,通常のネットワーク系ガラスよりも高硬度,高弾性率を有していたが,これはネットワークの断片化にともなって,充填密度が大幅に増加したことに起因すると思われる.また,新たに熱拡散率を測定したところ,SiO4ネットワークの断片化度やMgOの量に依存して大きく変化することを見いだした.今後,ネットワークの断片化度と熱特性との相関を,構造学的に明らかにすることになる.
2: おおむね順調に進展している
R2O3-B2O3系(Rは希土類元素)では,Ceを除くすべてのRに対してガラス化範囲は希土類が豊富な組成側に大きく拡張され,組成をxR2O3-(100-x)B2O3とすると,R = La, Pr, Ndでxの最大値は63にまで達した.xの最大値はRの種類に依存しており,R3+のイオン半径の減少とともに減少していた.充填密度はR3+のイオン半径が小さくなるほど大きくなる傾向がみられた.ラマン散乱とFT-IRスペクトルから,R-richな組成域におけるB周囲の局所構造は,3次元ネットワーク構造を持たない孤立BO3ユニットであることを明らかにした.ガラス中のB周囲の局所構造の単純化により,多様なB-O振動による赤外吸収が抑制された結果として,新たなの赤外透過領域が得られたと考えられる.高エネルギーX線回折の結果から,ガラス構造は高温型NdBO3型構造に類似していることがわかった.このことは,x = 50付近では,融液,ガラス,結晶の構造の類似性がガラス形成能に強く影響していることを示唆している.R-rich組成のガラスが有する特異的に大きな充填密度に注目して,硬さや弾性率を計測したところ,従来のガラス系でよく用いられているMakishima-Mackenzie式による予測値よりもおよそ2倍の値を示すことがわかった.現在その起源の解明を試みている.厚さ500ミクロン程度のガラス板の熱拡散率が測定可能となったため,まずはSiO4ネットワークの断片化と熱特性との相関を明らかにするべく,AO-SiO2系ガラスについて,合成と物性計測を行っている.SiO4ネットワークの断片化度と熱特性の間には単純な線形関係は見られていないが,これには修飾酸化物の連結が影響している可能性がある.熱を運ぶフォノンがガラスの中でどのように存在しているのかを,詳細に調べる必要がある.
当初の研究計画に挙げたガラス系,R2O3-B2O3系(Rは希土類元素),AO-Al2O3-P2O5(Aはアルカリ土類金属元素),MgO-P2O5-SiO2,AO-SiO2-B2O3系(Aはアルカリ土類金属元素),それぞれにおいて,修飾酸化物を多く含む組成域で順調に新しいガラスが見いだされている.また,R2O3-SiO2系でも新たなガラス化に成功しており,新材料開発の点では極めて順調に進んでいるといえる.これらのガラスはいずれもネットワークの断片化が進行していることが,Raman散乱分光やMAS NMRなどによって明らかにされた.興味深い点として,これらネットワーク断片化ガラスには共通した物性が現れることがある.例えば,赤外での新しい透過領域の出現や,高硬度,高弾性率,高いガラス転移温度などである.そして最近高い熱拡散率も共通項であることがわかってきた.今後は合成した新しいガラスすべてについて,これらの特性を評価することになる.赤外透過性や熱特性には,ガラス中の原子の振動状態が関係していることから,現在,分子動力学シミュレーションによる再現を試みている.機械特性の中では弾性率がシミュレーションから計算可能であり,実験結果を再現できるような手法を検討している.原子配列自体の評価として通常の手順では,構造モデルから局所構造の種類や結合角,リング分布などを定量化したところで終了となる.ただしネットワーク断片化ガラスの構造的特徴を,ネットワークガラスやパッキングガラスと比較して理解するには,従来行われているような方法では不十分である.そこで今後は,離散データ解析手法として知られるパーシステントホモロジー(PH)解析を導入する.構造モデルの三次元原子配列はまさに離散データであり,PH法により,ガラスのトポロジーについてこれまで見落とされていた特徴を抽出できることが期待される.
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