研究課題
本研究は,銅-硫黄四面体ネットワーク構造を有する物質を対象として,その局所構造が熱電物性に与える影響を調べると共に,得られた知見を基に高性能な熱電物質の創製を目指すものである。(1)前年度に,Cu26V2(Ge,Sb)6S32の熱伝導率が格子間Cu原子の導入により低減できること,また,新規組成のコルーサイトCu26Ti2(Sb,Ge)6S32が高い性能を示すことを明らかにした。そこで本年度は,後者に対して格子間Cu原子の導入を狙った。しかし,合成した試料の評価結果は,格子間Cu原子の存在を示すものではなかった。(2)次に,電気的特性に対する局所構造の役割を調べる目的で,様々な組成のコルーサイトを合成した。その結果,キャリア濃度が同等であるにもかかわらず,ゼーベック係数が高く電気抵抗率が低くなる構成元素の組み合わせがあった。予備的な解析から,電子構造および電子移動度に影響を与えうる結晶構造パラメータの存在が示唆された。(3)また,Cu3.1Nb0.25Sn0.9S4を新たな研究対象とした。この物質では,CuとSnが同一の四面体サイトをランダムに占め,Nb原子が格子間に位置する。この系のNbをTiで置換してホールキャリア濃度を高めると出力因子が向上し,Cu3.1Ti0.25Sn0.9S4のZTは673 Kで0.6に達した。その熱電物性を,(Cu原子の配置が乱れていない)Cu3SbS4系のものと比較した結果,Cu3.1(Nb,Ti)0.25Sn0.9S4では原子配置の乱れにより電子とフォノンの両方が強く散乱されることが分かった。(4)コルーサイトの比較対象となりうる関連物質を探索し,四面体ネットワーク構造を有するCu30Ti6Sb2S32とCu7VSnS8を見出した。これらを比較することで,局所構造と熱電物性の関係性についての議論を発展させられる/補強できる可能性がある。
2: おおむね順調に進展している
前年度(初年度)は,コルーサイトを対象にして,(A)銅-硫黄四面体ネットワーク構造における格子間Cu原子の存在が熱伝導率を抑制しうることを明らかにし,その手法でCu26V2(Ge,Sb)6S32の熱電性能を高めた。また,(B)高い性能を示す新規組成のCu26Ti2(Sb,Ge)6S32を見出した。本年度は,コルーサイトの研究をさらに進め,(C)局所構造が電気的特性に影響を与えることを示唆するデータを得た。また,(D)Cu3.1(Nb,Ti)0.25Sn0.9S4において,カチオン(CuとSn)の配置の乱れはフォノンを効果的に散乱するが,同時に電子も強く散乱することが分かった。さらに,(E)結晶構造と熱電物性をコルーサイトと比較可能な銅-硫黄四面体ネットワーク構造を有する新規物質(Cu30Ti6Sb2S32とCu7VSnS8)を見出した。以上のように,銅-硫黄四面体ネットワークの局所構造が熱電物性(熱伝導率および電気的特性)に与える影響を調べると共に,得られた知見を基に高性能な物質の創製を目指すという本研究の目的の達成に向けて,試料とデータおよび知見が順調に得られている。また,これらの成果のうち,(A)(B)(D)の研究成果を本年度に論文として公表しており,本研究課題はおおむね順調に進展していると判断される。
今後はまず,結晶構造の局所的特徴が電気的特性に与える影響を調べる。そのために,本年度に合成した様々な組成のコルーサイトについて,結晶構造パラメータと熱電物性の関係を詳細に調べる。また,上述した新規物質に対してその構造と物性を調べ,コルーサイトなどと比較することにより,銅-硫黄四面体ネットワーク構造における局所構造が熱電物性に与える影響に関する議論を深める。
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すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件)
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