微小スケールで熱エネルギー輸送を制御するためには, 機械的駆動部を持たず簡便な方法で熱流を可逆的にオン/オフすることが可能な熱スイッチング機構が不可欠である.本研究では,ゲスト原子の局在フォノンエネルギー準位およびエネルギー分布と格子熱伝導率の相関を明らかにし,ゲスト原子を外場で操作することにより熱伝導率を飛躍的に変化させられる熱スイッチング材料の設計指針を得ることを目指した.一次元トンネル状骨格構造を有するイータ型鉄-アルミニウム系包接化合物は,ゲストアルミニウム原子の固体内拡散パスが存在し,ゲスト原子の脱挿入が容易であると考えられるためモデル材料として選定した.直方晶(001)面単結晶平板試料を作用電極として,サイクリックボルタンメトリー測定を行い,充電状態の試料表面および断面走査電子顕微鏡観察およびエネルギー分散X線分光元素分析を行ったところ,試料表面から数十μmの深さまでアルミニウム濃度が低く,またX線回折測定によってもゲストアルミニウム原子が脱離していることが示唆された.ゲスト原子の脱離に伴い熱拡散率が大幅に上昇する(熱スイッチON状態)ことを明らかにした.フォノン熱伝導の媒体である原子数が減少したにも関わらず,熱伝達が促進されたことは,包接化合物におけるゲスト原子ラトリング運動の熱伝導率低減効果が存在することを如実に表している.しかし,熱スイッチング特性のサイクル性(熱スイッチON⇔OFF)を実証すべく,アルミニウム原子の再挿入実験およびアルカリ金属元素に替えてゲスト原子再挿入実験および熱物性測定を行ったものの,逆に熱拡散率が上昇する結果が得られた.イータ型鉄-アルミニウム系化合物では,ゲスト原子の脱離反応は可能であっても挿入反応が困難であり,よりゲスト脱挿入性が高く,かつラトリング運動をする他の包接化合物系において,熱スイッチング特性を調査する必要がある.
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