研究課題/領域番号 |
20H02507
|
研究機関 | 九州工業大学 |
研究代表者 |
山村 方人 九州工業大学, 大学院工学研究院, 教授 (90284588)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | coating / drying / phase separation / photo curing |
研究実績の概要 |
本年度は(1)光重合を伴う溶液薄膜の乾燥挙動解析、および(2)厚み方向に階層構造を有する多孔質ポリマー薄膜の形成条件に関する実験的検討を行った。(1)では、塗布膜内の溶媒濃度が所定の値になるまでプレ乾燥を進めたのち光照射を行い、照射停止後にさらにポスト乾燥により溶媒を除去する実験を行った。乾燥開始から終了までの全過程における液体薄膜の質量減少を、精密電子天秤を用いて精度±1mgで計測し、溶媒濃度と乾燥速度の関係を乾燥特性曲線として整理した。高溶媒濃度で光照射を行った場合、乾燥速度が約20%増加する乾燥促進現象が観測された。この増加は重合熱による温度変化に伴う溶媒蒸気圧の増加によって説明可能であった。これに対し低溶媒濃度で光照射を行った場合、特定の光強度において乾燥速度増加量は約80%となり、温度上昇から予測される値よりも高くなった。さらに逆に-20%の速度低下(乾燥抑制)が見られる光強度が存在することが明らかとなった。これらは、相構造により内部の溶媒拡散機構が異なるためと推察される。 溶媒拡散挙動を定量的に説明するため、昨年度に得た密閉系(非乾燥系)における溶媒拡散と重合歪みの関係を示す簡単な理論式を導出した。理論予測と実験結果は、低溶媒濃度条件下でよく一致することが明らかとなった。 さらに(2)に関し、昨年度導入した走査型電子顕微鏡を用いて、光照射条件の変化に伴う多孔質フィルムの断面・表面の形状変化を詳細に検討した。その結果断面には、非多孔質な高分子層と、厚み方向に柱状に伸びた高分子相が幅方向に周期的に配列したモノリス層とが、共存する重層構造が形成されることを新たに見出した。さらに光強度の増加に伴いモノリス層の厚みが増加することなどを明らかにした。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
工業的な光成膜プロセスでは、光重合反応と溶媒乾燥とが同時に進行するので、蒸発を伴う開放系における溶媒拡散挙動を理解することが重要となる。密閉系を対象とした昨年の結果から、溶液フィルムの一方の面から光照射を行った場合、厚み方向の溶媒拡散が駆動され、もう一方のフィルム表面での溶媒濃度が増加することが明らかとなっていた。本年度の結果では、フィルム底面(基板側)から光照射を行うと、溶媒乾燥が促進される条件が存在することが明らかとなった。この結果は、開放系でも密閉系と同様の溶媒拡散が生じること、すなわち、光照射方向の拡散現象により蒸発面における溶媒濃度が増加することで、気相中の溶媒拡散の駆動力が増加したことを示唆しており、乾燥炉設計に有用な指針を与えるものである。 さらに本年度は、厚み方向に柱状に伸びた高分子相が幅方向に周期的に配列したモノリス層と、非多孔質な高分子層とが共存する重層構造が形成されることを新たに見出した。モノリス層内では屈曲率が1に近い空隙が形成されていることから、電池セパレータなど高い物質透過性が求められる塗布膜への応用が期待できる。また密閉系および開放系で観測された特異な乾燥・拡散挙動は、この柱状構造が厚み方向の優先的溶媒拡散経路として作用するためとも考えられるため、柱状構造の発見は、今後の拡散解析を進める上で鍵となる情報を含むものである。
|
今後の研究の推進方策 |
2021年度に導出した溶媒濃度-重合歪みの関係を示す理論を、より現実に近い条件を扱うことができるよう拡張し、数理モデルで光製膜過程を説明することを試みる。当初の研究計画では重合収縮による応力発達を想定していないが、これまでの研究から重合物は応力緩和の遅いガラス状態にあり、応力勾配が成分拡散に及ぼす影響が無視できないと予想されるので、新たに応力を考慮したモデル化を行う。具体的には1次元反応・拡散方程式、エネルギー方程式、応力発達を記述する構成方程式を連立して解き、異なる乾燥時刻における厚み方向の組成、温度、反応率、応力分布を求める。 まず解析結果の妥当性を、相分離を伴わないモノマー・開始剤2成分系に関する既報との定量的比較によって検証する。さらに申請者が過去に定式化した交差拡散すなわち第2成分の化学ポテンシャル勾配によって駆動される第1成分の拡散を厳密に考慮した理論を適用することで、相分離を伴う系へと展開する。この解析によって、未反応領域、反応(非相分離)領域、相分離領域からなる3層構造の形成、および、その厚みと内部の局所組成の時間発展を算出し、光照射によって誘起される各成分の拡散挙動を把握する。 ただしスピノーダル分解過程を想定した数理モデルでは、得られる相分離構造は3次元的に発達した共連結構造であり、本研究で観測されている柱状相構造ではない。そこで別途、硬化-未硬化界面の力学的不安定に関する線形安定性解析を行い、モノリス層の形成を模擬した場合についてモデル化を進める。異なる乾燥条件と光照射条件下で形成される相構造簡単な数理モデルによって定性的に再現できれば、工学的に意味がある。
|