研究課題/領域番号 |
20H02563
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研究機関 | 日本電信電話株式会社NTT物性科学基礎研究所 |
研究代表者 |
国橋 要司 日本電信電話株式会社NTT物性科学基礎研究所, フロンティア機能物性研究部, 主任研究員 (40728193)
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研究分担者 |
田中 祐輔 日本電信電話株式会社NTT物性科学基礎研究所, フロンティア機能物性研究部, 研究員 (40787339)
眞田 治樹 日本電信電話株式会社NTT物性科学基礎研究所, フロンティア機能物性研究部, 特別研究員 (50417094)
小野満 恒二 日本電信電話株式会社NTT物性科学基礎研究所, 多元マテリアル創造科学研究部, 主任研究員 (30350466)
後藤 秀樹 日本電信電話株式会社NTT物性科学基礎研究所, 企画, 所長 (10393795)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | スピン軌道相互作用 / Kerr回転 / 半導体スピントロニクス |
研究実績の概要 |
GaAsをベースとした混晶半導体材料、またはその量子構造中ではスピン軌道相互作用に起因した有効磁場を用いることで、外部磁場を必要としないスピン制御が可能となるため次世代のスピン論理素子等を実現するための有望なプラットフォームとなる。一方で、この有効磁場は電子の運動量に依存して方向が変化するため、電子スピン緩和を誘発するというネガティブな影響もある。したがって、強い有効磁場を維持しながらも、いかにスピン緩和を抑制するかが極めて重要である。 2021年度はGaAs量子井戸を細線構造に加工し、準一次元的な伝導チャネルを形成することによって電子の運動量を一軸方向にそろえ、有効磁場のふらつきを抑制することで電場による長距離スピン輸送を実現する研究に取り掛かった。前年度問題になっていた、スピン空間分布の光学計測において準一次元チャネルのエッジ部による偏光の乱れがノイズとなる問題に対処するために、新たなデバイス構造を採用した。具体的には準一次元チャネル構造を作製する際に、光の波長よりも十分細い数百nmオーダーのトレンチ構造によってチャネルを形成することで計測に用いるレーザーの偏光ノイズを極限まで抑制することに成功し、200um程度の電場によるスピン輸送を実証することができた。 また、今年度はGaAs量子井戸中に形成される二次元電子ガスに面内電場を印加することで電子の感じる有効磁場を変調できること利用し、電子スピン寿命が飛躍的に増大することが期待される永久スピンらせん(PSH)状態を作り出すことに成功した。我々の研究グループではこれまでもゲート電圧によるPSH状態の制御を実証してきたが、本研究結果はそれとは異なる手法による、新たな電子スピンの長寿命化技術として発展する可能性があり学術的に高いインパクトを有する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度はマクロスピンコヒーレンスを実現するために、GaAs量子井戸をベースとした準一次元チャネルの作製と時間・空間分解Kerr回転計測における電子スピンダイナミクスの計測に着手した。前年度まで問題となっていた準一次元チャネルのエッジ部による偏光ノイズを、新たなトレンチベースのデバイス構造を用いることによって解決し、準一次元チャネル中を約200umにわたって伝搬するドリフトスピンの観測に成功した。 また、今年度はチャネル構造によるスピン緩和の抑制だけでなく、GaAs量子井戸中に面内電場を印加することで制御な可能な非線形スピン軌道相互作用を利用したスピン緩和抑制手法を実証した。このスピン緩和抑制手法はこれまで我々の研究グループが実証してきたゲート電圧の印加によるスピン緩和抑制方法とは異なるメカニズムに起因しており、新たな電子スピンの長寿命化技術として発展する可能性がある。 さらに、計画書では2022年度に予定していた研究計画を一部先取りし、より大きなスピン軌道相互作用を有すると期待されるGaAsBi系材料中のスピン物性評価に関しても大きな進展があった。GaAsBi中の電子スピンダイナミクスをKerr回転顕微計測によって評価したところ、電子スピンが拡散運動することにより有効磁場を感じて歳差運動する様子を可視化することに成功した。これにより、世界に先駆けてGaAsBi中のスピン軌道相互作用の定量評価に成功した。その結果、GaAsBi中で支配的なスピン軌道相互作用がRashba型の対称性を示すことを明らかにした。これまで未解明であったGaAsBi中のスピン軌道相互作用に関する多くの事実を明らかにした一連の研究はスピントロニクス材料としてGaAsBiを評価するために極めて重要であり、開拓的な研究といえる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究計画の最終年度となる2022年度はこれまで最適化を進めてきたGaAs準一次元チャネル構造を用いて、数百umに及ぶ長距離スピン輸送の実現を狙う。トレンチ構造を用いて作製した準一次元チャネル構造のチャネル幅やゲート電圧を最適化することにより、空間的な閉じ込め効果と永久スピンらせん状態によるスピン緩和抑制効果を最大限に活用し、電場による電子スピンの輸送距離の延長を試みる。 また、本年度得られた面内電場の印加による非線形スピン軌道相互作用を用いたスピン緩和抑制効果も加味することにより、さらに電子スピンの長距離輸送に最適な条件を明らかにする。 さらに、本年度重要な知見が得られたGaAsBi中のスピンダイナミクスに関する研究展開も積極的に行っていく。GaAsBi中にはGaAs量子井戸と比較して強いスピン軌道相互作用が存在するためスピン緩和の抑制に関しては不利であるが、大きな有効磁場を生かした多彩なスピン制御を実現できる可能性がある。具体的にはBiの添加濃度を最適化することにより、Bi特有の大きなg因子やBi由来の孤立した電子準位を用いることが可能となり、直線偏光によるスピン偏極電子の生成や正孔スピンの制御など、新たなスピン制御技術の基礎となる物理現象の探求が可能になると思われる。 2022年度はこれらの研究結果を具体的な形で取得し、学術論文や学術会議において幅広く報告することで、本研究計画の完遂を目指す。
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