研究課題/領域番号 |
20H02623
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研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
倉橋 光紀 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 先端材料解析研究拠点, 主席研究員 (10354359)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 酸素分子 / 水素分子 / 量子状態 / ステップ |
研究実績の概要 |
気相分子の表面への吸着過程は、表面に飛来する分子の配向や回転・振動等の内部量子状態の影響を強く受ける。この問題は、一部の基本分子/平坦表面の系に関して詳しく研究されてきたが、触媒活性点として重要なステップ・キンク等の非平坦構造への分子吸着に関しては、実験観測例の欠如のためよく理解されていない。一方、水素液化や水素脆化等に関わる水素吸着に関しては、H2分子の内部量子状態を制御できる実験手法が無いため、分子配向や回転状態が吸着に与える影響は、平坦表面への吸着に対しても未解明のままである。オルト水素分子は高い回転エネルギー(15meV)を持つため、この問題はH2に対しては特に重要と考えられる。本研究は、(1)微細化した配向O2ビームと曲面研磨結晶を用いたステップでの配向依存反応実験、(2)核スピン・回転状態選別H2分子ビームによる状態制御したH2吸着実験を実現し、これらの問題点解決を目指すものである。 初年度である本年度は、上記(1)(2)に必要な装置開発とビーム性能試験を実施した。報告者がこれまでに開発してきた配向O2ビーム表面反応計測装置を双方の研究に使用する計画を申請時に提案したが、両実験を並行に進めるため、H2吸着実験専用ビームラインを製作する計画に変更した。令和2年度には(i)核スピン偏極H2分子専用ビームラインの立ち上げ、(ii)微細化した配向O2ビーム実験用試料微動機構の製作を行った。(i)に関しては、既存の状態選別ビーム源、表面反応分析室に、製作した六極磁子型ビーム偏極分析器、スピン反転器、定義磁場制御装置を組み合わせ、水素分子量子化軸制御と0.3原子層/秒以上のビーム強度を実現した。また、本実験の基礎となる飛行時間法と六極磁子による量子状態分析法の論文を出版した。(ii)については、試料位置をステッピングモーター制御するためのマニピュレータの改造を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記(1)(2)の実験に必要な装置開発を当初の予定以上に進めることができた。H2実験専用ビームラインを本年度に立ち上げ、量子状態選別O2, H2ビーム実験を並行して独立に進められるプラットホームを構築することができた。H2ビームライン用六極磁子型偏極分析器、スピン反転器、ヘルムホルツコイルを2020年度に製作したが、これらは想定通り動作する点を確認した。特に、H2分子は磁気モーメントが核スピン由来で微小のため、その量子化軸制御に必要な磁場強度が不明であったが、製作したヘルムホルツコイルによる調整範囲内であることが確認できた。さらに排気系の最適化により、計画前の予備実験段階と比べ3倍程度のビーム強度増強を達成でき、表面反応実験に応用できる見通しが得られた。 一方、配向O2ビーム実験に関しては、試料マニピュレータの自動微動機構の製作、ステップ密度に面内分布のある曲面研磨単結晶Pt(111)の入手を当初の予定通り進めた。今後開発する0.1mm幅程度のシートビームの量子状態評価にはビーム偏極検出器の感度向上が必要である。検出感度の低いStern-Gerlach型偏極検出器の六極磁子型への改造を本計画前半に行う予定であったが、2020年度中にこの改造をほぼ完了させることができた。一方、今年度論文発表した六極磁子型スピン検出器は、表面で散乱された原子のスピン分析にも利用できることを大学との共同研究により見いだした。本手法は未だ事例のない散乱分子スピン状態分析を可能にするため、本計画で開発中の装置に組み込むことにより、新たな分子/表面反応研究を展開できると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
1. 微細配向O2分子ビームを用いた表面反応実験 本実験の実現に向けた装置開発を昨年度に引き続き進める。具体的には、スリット状アパーチャーによるシート状配向O2分子ビーム生成、六極磁子検出器によるビーム量子状態分析を、並進エネルギー範囲0.05-0.8eVのO2分子に対して実施できるよう調整する。また、試料位置の微動制御と連動させて、分子配向に依存した表面反応計測を行えるソフトウェアを製作する。これと並行して曲面研磨結晶清浄化法を確立し、微細ビームの面内スキャンを利用した配向依存吸着・触媒酸化反応実験を行う。これにより、白金ステップにおけるO2吸着および触媒酸化反応の配向依存性の解明を目指す。Wedge型薄膜試料など面内に膜厚等の分布がある試料の評価を微細ビームの位置スキャンを利用して行う等、本セットアップの効率的計測への展開可能性も探索する。 2. 量子状態選別H2分子ビーム装置の開発と応用 量子状態を制御したオルトH2分子を試料位置に断熱的に導き、量子化軸方向を制御して表面反応を計測するためのシステム開発を進める。具体的には、(i)磁場による量子化軸制御、スピン反転法確立、(ii)超音速ビーム生成条件、排気系、六極磁子の最適化によるビーム強度、量子状態純度向上、(iii)状態選別H2ビーム並進運動エネルギーの調整(10-30meV)、(iV)磁場下でのKing-Wells法による吸着確率測定法の開発、を進める。これらの開発と並行してPt,Ru等の単結晶表面への状態制御したH2吸着実験を実施し、装置開発へのフィードバックを行う。これによりH2吸着確率の分子回転状態依存性の観測と手法改良を進める。入射分子の並進運動エネルギー、試料温度に対する依存性を系統的に調べ、吸着回転状態依存性の支配因子解明を目指す。
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