研究課題/領域番号 |
20H02685
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
長谷川 淳也 北海道大学, 触媒科学研究所, 教授 (30322168)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | メカノケミストリ / 反応原理 / 電子状態 / ポテンシャル面 |
研究実績の概要 |
本研究では、外力を導入した理論計算手法を開発し、メカノケミストリにおける特異な化学反応原理について研究する。機械的刺激によって化学反応の選択性が変化するという実験報告が急増しているが、理論的な理解は進んでいない。選択性の変化はポテンシャル面の変化を示唆し、特異な反応原理が潜在する可能性がある。いくつかの基本的反応を取り上げて、力学的刺激下の反応原理を明らかにすることを計画している。 令和2年度は、研究対象として、甲殻類の殻を構成する多糖類であるキチンの選択的加水分解反応を取り上げた。酸触媒では置換基における脱アセチル化が副反応として進行するため、生成物の価値が低下する課題があった。他方でボールミルなどの力学的刺激を加えると、グリコシド結合の加水分解が選択的に進行する実験結果が見出されている。 本研究では、グリコシド結合の加水分解と脱アセチル化のポテンシャル面を計算し、その律速段階において力学的刺激がポテンシャル面を変化させる原因を研究した。解重合と脱アセチル化の活性化エネルギーは、外力が存在しない場合はほぼ等しく、選択性が得られないという実験結果に対応している。他方で、二量体に対して異なる幾つかの方向から張力を加えたところ、脱アセチル化の活性化エネルギーはほとんど変化しなかったのに対し、加水分解については低下する結果が得られた。その理由について解析したところ、溶媒構造の変化に加えて、六員環に含まれる酸素の非共有電子対がグリコシド結合のσ*軌道に供与され、結合の切断が容易になっていることが明らかになった。また、この電子対供与によりグリコシド結合に含まれる酸素原子の塩基性が強まって、プロトン化を受けやすくなっていることも明らかになった。これらの結果は、アメリカ化学会のJ. Phys. Chem. Aに掲載され、supplementary cover imageに採用された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度の計画は、力学的刺激を記述できるプログラムを開発し、力学的刺激下におけるポテンシャル面の研究を行うものであった。挑戦的な計画であったが、第一世代のプログラムを開発することができ、力学的刺激を付加する条件下でポテンシャルエネルギー面を計算することに成功した。 さらには、解決を目指す課題のひとつとして掲げていたキチンのメカノケミストリに対して、選択性の変化の原因を示すことができた。この原因として、単に力学的エネルギーが付加されるだけでなく、構造変化によって電子状態の変化が誘起されることも明らかになった。すなわち、電子状態の変化によって結合自体が弱まるというメカニズムを示すことができた。これらの結果には、意外性があったため、投稿した論文をハンドルした編集者によってback cover imageへの掲載を勧められ、実際に採用に至った。 以上のことから、予想以上の研究成果が得られたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
以下に、今後の研究計画と推進方策について述べる。 ボールミルなどのメカノケミストリの実験では、ボールが器壁に衝突する際に、反応が誘起されると考えられている。すなわち、二つの固体表面上に挟まれた拘束空間において特異な化学反応が進行すると理解されている。従って、研究対象を固体表面によって挟まれた空間で起きる選択的化学反応に拡大する。その研究対象に取り組むために、固体表面を扱うことができる周期境界条件を設定できる計算プログラムを用いたメカノケミストリ計算を実施する。具体的には、Ag表面で観察されるシクロプロパン化反応について、生成物の幾何選択性を制御する原因について研究を行う。 また、メカノケミストリにおいて力学的刺激による反応経路の変化を明確に図解できれば興味深い。そのために、Nudged Elastic Band(NEB)法のプログラム開発を行う。この方法を用いて遷移状態の構造と同時に反応物から生成物に至る反応経路すなわちメカニズムを効率的に求める方法を確立する。主要な反応座標についてのポテンシャル面と反応経路を計算し、力学的刺激の効果を明らかにする。力学的刺激の有無によって、反応経路が変化し、反応物、遷移状態の位置が変化し、反応メカニズムが変化する様子について研究を行う。
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