研究課題/領域番号 |
20H02696
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
甲賀 研一郎 岡山大学, 異分野基礎科学研究所, 教授 (10315020)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 疎水効果 / 疎水性相互作用 / 塩析効果 / 自由エネルギー計算法 / ミセル |
研究実績の概要 |
ミセル形成要因のひとつである疎水基同士の会合に関する理論研究を進展させた.疎水基部位の会合は,界面活性剤分子の疎水基部位集団が水溶液からの「分離」して,ミセルの核を形成することを意味する.この現象の駆動力は,疎水性分子の水への低溶解度(疎水効果)と疎水性分子間の引力相互作用(疎水性相互作用)の2つの効果である.本年度は,疎水性溶質の溶解度および疎水性相互作用に関する理論的研究を引き続き行った.まず第一に,水溶液中の疎水性溶質の溶媒和自由エネルギーに対するイオン添加効果の一般的性質の起源を解明した.イオンサイズが小さいほど,そのイオンによる塩析効果が大きい.前年度の研究では,イオン周囲の水和水の構造が塩析効果を決めていることまでを明らかにした.本年度は,イオン添加効果を定量化するために用いられるセチェノフ係数を与える一般式を導出し,それに基づく解析を行った.この式は溶質-水間相関関数積分と溶質-イオン間相関関数積分との差によって,セチェノフ係数が与えられるという簡単な式であるが,応用範囲は広く,今後実験結果の解釈に役立つものであると期待できる.また,イオン添加効果に限らず,様々な化学成分の添加効果も基本的に同じ式を用いて調べることができる.塩析効果に関して,特にカチオンサイズ依存性に注目した研究では,リチウムイオンの例外的挙動の解明に取り組んだ.分子動力学シミュレーションおよび自由エネルギー計算を実行し,水和殻の構造を解析し,リチウムイオンの場合,水分子の配向が強く制限されることにより,水和水の低密度化が起こることを突き止めた.この結果はJ. Phys. Chem. Bに発表された.また,複数のアルコール分子種について溶媒和自由エネルギーを効率よく計算する手法の開発を進めた.その結果,平均場近似を部分的に用いることにより高効率計算ができることがわかった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題ではミセル形成の駆動力を解明することを主目的とするが,そのために第一に疎水効果の理論を発展させることに注力しており,この点において研究は順調に推移している.実績で述べたように,疎水性溶質の溶解度に対するイオン添加効果の機構を分子シミュレーションおよび理論計算により発展させることができた.さらに,イオン添加効果を共通の制御因子とし,疎水性相互作用と疎水性溶媒和自由エネルギーとの関係の理論を進展させることができた.一方で,ミセル形成の駆動力を調べる上で必要となる,界面活性剤分子を含む水溶液の構造解析については予備的計算にとどまっている.これは前段階の界面活性剤分子の溶媒和自由エネルギー計算法の開発に時間を要したためである.しかし,来年度には水溶液の構造解析を着実に実行できる準備が整った.米国Purdue大学教授Ben-Amotz,ロシアSt. Petersburg大学教授Shchekinとはメール会議またはオンライン会議により研究の進捗状況を共有し,今後の方向性について議論を行い,研究計画の改良につながった.
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今後の研究の推進方策 |
今後はミセル形成駆動力の理論構築に向けて,以下の2点に注力し,研究を推進する.第一に,ミセル形成駆動力の構成要素を定量的に明らかにするために,界面活性剤分子および水分子からなるモデル系の分子動力学シミュレーションを行い,ミセルを形成する界面活性剤分子の親水基部分の静電エネルギーを評価する方法を確立する.様々なサイズのミセルに対して形成促進因子と阻害因子の評価を行い,各因子のミセルサイズ依存性を明らかにし,ミセル形成自由エネルギーモデルの妥当性を評価する.Shchekin教授との共同研究部分もオンラインでの研究打ち合わせ等により推進する.第二に,水+アルコールを溶媒とする2成分系の濃度ゆらぎおよび溶質添加による濃度ゆらぎの増大についてその特徴と発現機構を明らかにする研究を更に推進する.2成分系における濃度ゆらぎを凝集数分布とパーコレーション構造から評価する.大規模長時間計算は外部機関の大型計算機を利用する.理論モデリングは研究代表者が行う.分子シミュレーションの実行と結果解析大学院生3名が行う.パデュー大学Ben-Amotzグループにおいてはミセル形成過程の理論モデリングに関して議論を行い,共同研究を始める.
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