研究課題/領域番号 |
20H02707
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
水津 理恵 名古屋大学, 理学研究科, 特任助教 (90373315)
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研究分担者 |
坂本 一之 大阪大学, 工学研究科, 教授 (70261542)
内橋 隆 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点, グループリーダー (90354331)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 強相関ラジカル分子 / 分子間相互作用 / 立体π共役分子 / 分子ー基板相互作用 / X線結晶構造解析 |
研究実績の概要 |
初年度は、二次元構造体を構築するための物質開拓を重点的に行った。強相関ラジカル分子である、トリプチセン誘導体や環状チアジル化合物など7種類ほど合成した。その中で、フェナジン部位をもつトリプチセン誘導体Trip-Phzは、昇華性があり、真空下で結晶化させると最密充填構造をもつ。一方、THF溶液から得られた結晶中において、分子間π-π相互作用によってハニカム構造を形成しており、直径約1nmの1次元チャネルが存在する。この空孔は結晶溶媒であるTHFで満たされているが、この結晶をドナー分子であるテトラチアフルバレン(TTF)分子のアセトニトリル溶液に浸すと、結晶性を保ったままドナー分子が空孔に挿入した。紫外可視吸収スペクトルより、TTFの濃度を変えることで結晶に取り込まれる量を制御できることがわかった。また、その結晶をアセトニトリルに浸すとドナー分子が溶け出たことを元素分析にて明らかにした。この小分子の可逆な吸脱着は、結晶内の空孔への分子挿入によるドーピングの可能性を示している。 このTrip-Phzを清浄化したAu(111)基板に真空蒸着してSTMで観察したところ、広範囲にわたって2次元構造が形成されていることがわかった。その構造はは、Au(111)基板の方位と関連がなかったこと、また昇華で得られた結晶構造と類似していたことから、分子ー基板相互作用は弱く、分子間π-π相互作用によって、自己集積的に2次元構造が形成されたと考えられる。 分子性2次元構造体の電子状態に関する情報を得るために、有機分子仕様の光電子分光装置の導入を行った。2020年に発生した新型コロナウィルスの世界的流行により、ヘリウム光源は年度内の導入がかなわなかったが、そのほかの部分については順調に整備が進んでいる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
面内方向に分子間相互作用をもつトリプチセン誘導体を用いて、ハニカム構造の作製に成功している。これまで得られたハニカム構造は、電解結晶化によってラジカルアニオン塩の単結晶であり、サンプル表面の汚れや帯電など野理由で光電子分光やSTM観察が難しいことが問題点であった。今回、Trip-Phz分子が、バルク結晶中において中性状態にもかかわらず分子間π-π相互作用によってハニカム構造を形成したことがわかった。またこの分子は昇華性があることから、超高真空下におけるサンプル作製が可能であることから、光電子分光やSTM観察に適している。これは、分子性ハニカム格子の電子状態の解明への大きな一歩となった。またこの分子を用いて、真空蒸着によりAu(111)表面上に二次元構造体の構築に成功している。また、他にも、酸化還元能を持つアントラキノン部位をもつトリプチセン誘導体も結晶中においてハニカム構造をもつこと、昇華性を持つことなどを明らかにしており、物質開発は順調に進んでいると言える。 一方、有機分子仕様の光電子分光装置においては、2020年に発生した新型コロナウィルスの世界的流行により、ヘリウム光源の納期が大幅に遅れたことから、計画通りには進まなかったが、全体的にはおおむね順調に進んでいると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き強相関ラジカル分子の合成を行う。トリプチセン誘導体のような立体π共役分子だけでなく、金属イオンを有する環状チアジルラジカル分子の合成にも着手する。基板上に分子を配列させた場合、立体π共役分子はπ平面が基板に対して垂直になるように配列する傾向にある。一方、環状チアジルラジカル分子はπ平面が基板と平行になるために、より基板との相互作用が強くなると考えられる。その違いを系統的に調べることで、分子がつくる二次元構造体の電子状態に関する知見を得る。また今年度は、基板として金の単結晶を用いたが、次年度はグラファイトや合金も検討する。例えばTlPbのような超伝導転移を示す基板の上に分子を配列させることで、転移温度への影響を調べる。 また有機分子仕様の光電子分光装置の立ち上げに注力する。またそれと同時に、ガス状態における分子の電子状態を明らかにするために、気相光電子分光測定を行い、分子軌道計算とのすりあわせを行う。それにより孤立状態の分子と集合体としての分子の電子状態を比べ考察する。
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