我々が最近開発した、構造に乱れの無い三角格子をもつ有機スピン液体候補kapper-(ET)2Cu[Au(CN)2]Cl塩およびその類縁体の合成を行い、良質な単結晶試料の合成を試みた。いくつかの単結晶試料が得られたので、単結晶試料を用いた静水圧力下および極低温下での電気伝導度測定やESRによる磁化率測定などを行った。詳細なESR測定を行ったところ、20K以下の低温でCu2+イオンのシグナルを検出した。SQUIDで観測された低温のキュリー成分は、Cu2+イオンの混入によるものと考えられる。磁場角度依存性および温度依存性を丁寧に測定したところ、ETラジカル分子由来、Cu2+イオン由来のシグナルの他に、もう一つの特徴的なシグナルが観測された。そのg因子は角度に依存するが、ETラジカルとCu2+イオンのg値の中間程度の値を持っており、シグナルの線幅や強度の温度依存性なども考慮すると、この特徴的なシグナルはET分子のπ電子スピンとCu2+イオンのd電子スピンとの交換相互作用によってミキシングした成分であると考えられる。すなわち、これまで陰イオン層の構造に乱れが無いと考えていたkapper-(ET)2Cu[Au(CN)2]Clでは、磁性不純物であるCu2+イオンが一部混入しており、その局在スピンが周辺のフラストレートしたET分子スピンと相互作用していると考えられる。kapper-(ET)2Cu[Au(CN)2]Clは、スピン液体と磁性不純物スピンとの相互作用を調べることのできる新しい系であることが、詳細な物性研究によって明らかになった。
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