研究課題
励起状態分子内プロトン移動(ESIPT)を示す2-(2-ヒドロキシフェニル)ベンゾチアゾール(HBT)の発光量子収率は、固体状態では高い値(Φ ~0.6)を示すが有機溶媒中ではΦ ~0.01まで低下する。この低下が、励起状態における中央のC-C単結合周りの回転を起点とする無輻射失活が主たる原因であり、適切な置換基導入によりこれを抑制可能であることを著者らは見出してきた。本年度の研究では、さらなる置換基探索を進めた結果、共役置換基かつ電子求引性置換基であるシアノ基をHBTに導入することで、Φが有機溶媒中でも0.5を記録し、無置換体と比べて約50倍に達することを明らかにした。蛍光寿命測定と併せることにより、蛍光速度定数は置換基依存性がほぼ観測されないのに対し、無輻射失活速度定数が置換基によって大きく変化することを見出した。一方で、量子化学計算により、励起状態S1においてESIPT後のketo*構造から中央のC-C単結合周りの回転を起点としてポテンシャルエネルギーがなだらかに上昇し、S0/S1円錐交差(CI)に達することがわかった。このketo*とCIとのエネルギーバリアの値が大きければ無輻射失活速度定数が低下することを提案し、各種官能基で置換した誘導体の実験結果と計算結果を比較することにより、実験事実を矛盾なく説明した。シアノ基以外の電子求引性および共役性置換基としてトリフルオロメチル基やピリジル基、アシル基を導入した誘導体を合成し、シアノ基には劣るものの、昨年度まで検討していたいずれの置換基よりもΦを増大させることを確かめた。電子求引基や共役基によるエネルギー安定化の効果はketo*では大きいが、CIではねじれ構造のためLUMOの軌道係数が置換基上にほぼ存在せず安定化効果は小さく、結果としてketo*/CI間のエネルギーギャップが大きくなり無輻射失活が抑制される、という分子軌道を用いた説明により、置換基効果を総括した。
1: 当初の計画以上に進展している
これまで20%以下であった溶液中での蛍光量子収率が50%以上まで増大する置換基を発見したこと、さらなる理論/実験統合型の探索により、2-(2-hydroxyphenyl)benzazole型骨格のフェノキシ基の3位あるいは4位への電子求引性あるいは共役性置換基の導入が無輻射失活抑制に効果的であるという指針を得ることができた。設計指針を一般化でき、このアプローチが他のESIPT性骨格にも有効であるという点で、大きな進展であると考えている。
これまでの分子設計に関する知見を集約し、高ドープ可能かつ高い蛍光量子収率を有するESIPT蛍光体の物性評価をさらに深める。具体的には以下の項目について特に進める。1) 高い蛍光量子収率を有するHBT誘導体をゲストとして室温ホスト液晶へと混合した材料の自然放射増幅光(ASE)特性評価: これまで開発した高い蛍光量子収率を有するHBT誘導体を高濃度で室温ネマチック液晶にドープした試料について、ESIPT 発光帯でASEが起こる励起光強度の閾値について詳細に調べる。さらにコレステリック液晶中で同様のことをおこない、コレステリックレーザーとしての応用も試みる。2) 複数のHBT液晶化合物の混合による非ドープ系発光性室温液晶への挑戦: 非ドープ系発光性液晶は、通常は濃度消光により十分な蛍光量子収率が得られないため、ドープ系を用いることが多いが、HBTのようなESIPT化合物は凝集誘起発光性を有するため、非ドープ系でも十分な発光収率が得られ、その場合は高い輝度を得ることが可能となる。しかし、非ドー プ系では液晶相の発現温度が高温となり、高温では蛍光量子収率が低下するというジレンマが生じる。そこで、アルキル鎖の長さのみが異なる複数の"高温で液晶相を発現するHBT誘導体"を混合することで、相転移温度を低下させることで、現在150度程度である高い液晶相温度を室温付近にまで低下させることを狙う。3) 偏光発光自立フィルムの作製: ESIPT化合物は凝集誘起発光特性があり、固体中で高い発光効率を示す。重合性液晶中にESIPT蛍光ドーパントを分散させ、分子配向させた状態で重合することで、重合により発光量子収率が向上し、かつ、重合前の配向によって偏光発光性を保持した自立高分子膜を得ることを目指す。
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すべて 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 2件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 4件、 招待講演 3件)
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