研究課題/領域番号 |
20H02711
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研究機関 | 奈良先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
荒谷 直樹 奈良先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 准教授 (60372562)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 有機合成 / 有機半導体 / ナノカーボン / 曲面π共役系 |
研究実績の概要 |
本研究課題『特異な電子状態を発現するナノカーボン分子の設計と創成』は、実空間での原子配置が一義的に確定できる新規ナノカーボン構造の構築を目指し、分子レベルの構造としては依然として完全に制御できていない一連のナノカーボン化合物群を、有機合成化学的にボトムアップ手法で構造明確な分子として合成する。100%効率で一重項分裂を起こし励起子生成量を2倍にできる二重架橋二層グラフェン、側鎖と金属によって上下炭素シートの距離・重なり角を調整可能にすることで半導体特性を制御可能な分子性二層グラフェン、これまでに合成例のないzigzag型カーボンナノチューブの部分構造である環状ベルトや直径の異なるarmchair型環状ベルト、メビウス型環状構造など、表裏二面性/一面性を有するナノカーボンベルトの合成と物性探索から、優れた電子物性を示す構造明確な一連の分子性カーボン材料を提供する。 1,8-ナフタレン架橋コロネンの二種類の積層2量体回転異性体(syn 体およ びanti体)の合成に成功し、その光学分割にも成功した。これまでに分子性ヘリカルグラフェンの報告はあるものの、キラルなツイスト型二層ナノグラフェンの電子状態についての報告はほとんどなく、これらの知見は物性を予測する上で重要である。また、ナフタレンの1,8位は空間的に近接しており、これまで通常のクロスカップリング反応の基質として用いられることが限られていた。ナノグラフェンとしてコロネンを1,8ナフタレン架橋することで生成する回転異性体を分離し、さらにアンチ体の光学分割をすることでキロプティカル特性を明らかにした。その結果、CDスペクトルのコットン効果に対応するbisignateな円偏光発光を観測した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
二層ナノグラフェンとして、1,8-ナフタレン結合で架橋したコロネン二量体の合成に成功し、その特異な光学特性について報告した。対面型二量体はH二量体と呼ばれるが、通常吸収スペクトルがモノマーに対して短波長シフトするKashaのモデルが知られている。さらに、H会合様式の対面型二量体は、低エネルギー側の吸収が禁制になることに対応して、無蛍光になる。しかし今回合成した化合物では、syn体がモノマーの426 nmに対して441 nmに、anti体が437 nmに長波長シフトしていることが観測された。これは、近接されたコロネンにおいても電荷移動による励起子の結合が生まれていると考えられる。さらに、C2ではエキサイマー由来と考えられる420-600 nmの範囲にブロードな蛍光が観測された。また、C2のanti体は、キラルなねじれた二層構造のナノグラフェンであることがわかった。C2のanti体を光学分割し、CDおよびCPLスペクトルを測定した結果、CDスペクトルでは最も長い吸収波長でCotton効果が観測され、このCotton効果に対応してCPLスペクトルも途中で符号の入れ替わる非常に珍しいbisignateが観測された。このCPLスペクトルは、我々の知る限りねじれた二層ナノグラフェンで初めて観測されたものである。ナノグラフェンのサイズがC24とまだ小さいため光学特性の測定にとどまっているが、今後今回の分子設計を応用してπ系を拡張することで、キラリティと二面角に応じた半導体性能変化など、電子特性においても得意な機能が発揮できると期待される。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、高対称なナノカーボン分子を低対称化することによって発現する特異な機能の開拓を目指している。1つは、高対称なPAHを重ねることで分子の裏・表を区別し、不斉炭素原子をもたないキラリティーの発現を目指す分子設計である。上述したように、平面PAHは対称面をもちアキラルであるため、裏と表でその性質は変わらない。一方、グラフェンを二枚を重ねると、表と裏 (内と外) が区別され、面間距離に依存したバンドギャップが発生する。グラフェン二枚の重なり方を変化させると、その二面角と電子状態 (酸化状態) によって材料の性質が絶縁体/超伝導でスイッチすることが2018年に明らかにされた。二層グラフェンの分子モデルとして炭素シートの非対称的積層によっても、色素間相互作用の特異性が表れると期待できる。また、一般的に高対称なPAHではそのフロンティア分子軌道が縮退し、光学特性として最長吸収波長が対称禁制になる。2つ目は、ナフタレンとアズレンが構造異性体である点に注目した、分子のサイズを変えることなく分子に異方性を生み出す分子設計である。6員環からなるPAHに対して5員環と7員環を導入する非対称化によって、分子内分極が発生し全く異なる光学特性を示すと考えられる。具体的には、ナフタレン (紫外域にのみ吸収をもつ) の構造異性体であるアズレンは、低分子ながら700 nmまで達する長波長吸収を示すこと、S2励起状態から発光することなど、通常の芳香族化合物とは極端に異なる性質をもつ。本研究では対称性を下げることで起きる異方性化の影響を念頭に、化学的に安定でシンプルな低分子有機化合物を共有結合でつなぎ、強力な空間的相互作用やπ共役を異方化することで、高対称低分子では発現しない円偏光発光や近赤外吸収などの光物性発現を達成できる。この2つの分子設計により、分子の対称性の低下によるナノカーボン分子の機能発現を目指す。
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