我々はこれまで、ケイ素やゲルマニウムなどの第14族元素から構成される有機配位子が遷移金属中心に対し強い電子供与性を示し、かつ高いトランス影響を示すため、これらの第14族元素を金属上に導入した錯体を合成することで、高度に電子豊富かつ配位不飽和な高反応性錯体の効率的な構築が可能であることを見いだしてきた。 今年度は、かさ高いケイ素配位子である-Si(SiMe3)3を導入した鉄錯体の合成において、適切な補助配位子の導入による鉄上の幾何構造の制御と、高い触媒活性の付与に関する検討を行った。まず、補助配位子としてN-ヘテロ環カルベン(NHC)を持つ4配位鉄錯体(NHC)2Fe[Si(SiMe3)3]2を合成し、この錯体が鉄(II)錯体としては前例の少ない平面4配位構造を有することを明らかにした。次に、この錯体を触媒として用いたヒドロシリル化反応を行ったところ、四面体構造を持つ鉄(II)錯体と比較して、大幅な触媒活性の向上がみられることを見出した。すなわち、鉄上に適切な補助配位子を導入し、鉄中心の幾何構造を制御することで、触媒活性の向上が可能であるという、鉄触媒設計指針を明らかにした。次に、よりかさ高いケイ素配位子として-Si(SiMe2tBu)3を鉄中心へと導入することで、高度に配位不飽和な平面3配位構造を持つ鉄(II)錯体が得られること、ならびに得られた錯体が、触媒的ヒドロシリル化反応に対し高活性を示すことも見出した。 一方、系中発生させたケイ素アニオンの分子内転移を活用した、新たなペンタジエニル型配位子骨格の構築、ならびに本配位子の示す多様な配位形態を利用した、還元を伴う分子内での鉄原子の移動反応についても開発した。本反応は、金属中心の還元に伴い、金属上のhapticityが増大する反応であり、遷移金属錯体としては2例目となる極めて珍しい反応である。
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