研究課題
有機EL(エレクトロルミネッセンス)素子において、通常は非発光性である三重項励起状態を発光に利用するためには、高価なりん光性イリジウム化合物もしくは精密な分子設計が必要な熱活性化遅延蛍光性(TADF)化合物を用いる必要があった。ところが申請者は、蛍光性有機分子であるベンゾチアジアゾール誘導体(BTA)を導入した2次元ペロブスカイトを発光層としたLEDにおいて、平均で9.9%の高い外部量子効率が得られた。発光量子収率や光取り出し効率を考慮して、一重項励起状態の生成効率を計算するとおよそ100%であることが分かった。つまりこの結果は、安価で材料設計が容易な蛍光性有機分子を用いても、りん光及びTADF型有機EL素子に匹敵する高い外部量子効率が得られることを示唆するものであり、将来的にディスプレイ及び照明産業に大きなインパクトを与える。しかし、蛍光性有機分子を用いても100%の一重項励起状態の生成効率が得られる理由は未だ明らかにされていない。そこで本研究では、100%の一重項励起状態の生成効率が得られる理由を解明することを目指す。これまでに、エネルギーギャップが小さな無機層を通って電子とホールが輸送され、無機層中で励起状態が形成されること、その後、励起状態エネルギーが小さなBTA有機層へとエネルギー移動していることを見出した。
2: おおむね順調に進展している
臭化鉛(PbBr2)とBTAを溶解させた溶液からスピンコートすることにより、BTAを有機層としたPbBr系の2次元ペロブスカイト膜を作製した。PbBr無機層からBTA有機層へのエネルギー移動に立脚したBTAからの発光が観測され、発光量子収率は30%であった。この2次元ペロブスカイトを発光層としたLEDにおいて、平均で9.9%の高い外部量子効率が得られた。光学シミュレーションにより計算した光取り出し効率は33.3%であった。発光量子収率30%、光取り出し効率33.3%、発光性励起子の生成効率25%、キャリア再結合確立100%を用いて外部量子効率を計算すると約2.5%となった。他方、りん光EL素子やTADF型EL素子で観測されるように、発光性の励起子生成効率を100%とすると、外部量子効率の計算値は10%となる。本研究で得られた外部量子効率の実験値は後者に近いことから、蛍光性材料であるBTAを用いても一重項励起状態の生成効率は100%であることが分かった。その理由を明らかにするために光電子分光および逆光電子分光を用いてPbBr無機層とBTA有機層のエネルギーレベルを測定した。PbBr無機層の価電子帯上端は-5.89eVは、伝導帯下端は-2.64eVと測定された。さらにBTA有機層のHOMO準位は-6.14eV、LUMO準位は-2.51eVと測定された。この結果より、LED中に注入された電子とホールは、エネルギーギャップが小さなPbBr無機層を通って輸送され、再結合によりPbBr無機層で励起状態が形成されることが分かった。さらに、発光スペクトル測定により、PbBr無機層の励起状態エネルギーは3.12eVであり、BTA有機層の一重項励起状態エネルギーは2.29eVと見積もられた。この結果より、PbBr無機層で形成された励起状態はBTA有機層へとエネルギー移動されることが分かった。
PbBr無機層においてはエネルギーギャップと励起状態エネルギーが同程度である。しかし、BTA有機層においては、エネルギーギャップと比べると、構造緩和が生じるために励起状態エネルギーが非常に小さくなる。エネルギーギャップと励起状態エネルギーの差を利用することにより、PbBr無機層における励起状態の形成、その後、BTA有機層へのエネルギー移動が可能となる。PbBr無機層においては一重項励起状態エネルギーと三重項励起状態エネルギーが同程度であることが知られている。長距離なフェルスターエネルギー移動プロセスにより、PbBr無機層の一重項励起状態が優先的にBTA有機層へと移動すると考えられる。今後はエネルギー移動ダイナミクスをより詳細に検討するために、時間分解過渡発光と過渡吸収測定を行う予定である。特に、エネルギー移動プロセスをより詳細に解析するために、数十から数百ピコ秒における超高速の時間分解過渡発光測定を行う。これらに加えて、本ハイブリッド型有機EL素子のデバイス特性を向上させるために、適切な有機アミンの導入によりPL量子効率の向上と分子配向の精密制御を試みる。
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