研究課題/領域番号 |
20H02902
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
藥師 寿治 山口大学, 大学研究推進機構, 教授 (30324388)
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研究分担者 |
阿野 嘉孝 愛媛大学, 農学研究科, 准教授 (00403642)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 応用微生物 / 発酵 / バイオテクノロジー / 酵素 / 酢酸菌 / 代謝工学 |
研究実績の概要 |
酢酸菌は,細胞表層に特徴的な物質酸化系を持ち,酢酸発酵やビタミンC生産におけるソルボース発酵などに利用されてきた。その細胞表層とは,細胞の外とも内とも説明しづらいペリプラズム空間と呼ばれる細胞内区画である。細胞質での代謝に比べると,ペリプラズム空間での代謝は,①細胞質への取り込みや細胞質からの排出に関わる時間とエネルギーの抑制(高速物質変換),②毒性物質そのもの,あるいは毒性の中間体を経る代謝経路の構築(毒性物質生産),③代謝上不安定で短寿命な化合物の生産(短寿命物質生産),に優位に立つことができると考えられる。本研究の目的は,ペリプラズム空間での代謝が特徴的な酢酸菌で,上述した3つの観点の代謝経路の拡張を試みることである。特に今年度は,キナ酸からのプロトカテク酸生産をモデル代謝系として①の高速物質変換を検討した。加えて,蛍光タンパク質を用いた細胞内局在観察を試みた。 キナ酸は酢酸菌が元来有しているペリプラズム空間の酸化系によってデヒドロキナ酸(DHQ)に変換される。DHQは,ペリプラズム空間へ分泌されるように分泌シグナルを遺伝子工学的に付加したデヒドロキナ酸脱水酵素(TAT-AroD)によってデヒドロシキミ酸(DHS)へと脱水される。DHSをプロトカテク酸に変換するため,土壌細菌由来のデヒドロシキミ酸脱水酵素を発現する組み換え酢酸菌を構築した。上記の組み換え酢酸菌二菌株を用いて,キナ酸からプロトカテク酸をほぼ定量的に生産する共培養システムを構築した。 赤色蛍光タンパク質(RFP)を酢酸菌で発現させた。無修飾のRFP,分泌シグナルを付加したRFP,TAT-AroDと融合させたRFPの順で蛍光光度が弱くなり,局在観察には至らなかった。細胞内局在の解析については,古典的な細胞分画を行うためのペリプラズムマーカーの準備も進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では酢酸菌に見られるペリプラズム代謝を,次の三つの観点,①高速物質変換,②毒性物質生産,③短寿命物質生産,から拡張しようとするものである。概要欄で述べたとおり,高速物質変換については当初の想定以上に順調に進んでいる。 本研究成果を学会や論文として発表を試みた際,当該酵素の細胞内局在性に関する質問・指摘を多く受けた。物質生産に成功したとしても,その結果を支える分子基盤,すなわち細胞内局在性を明らかにする必要があるという指摘を受けた。これに背中を押され,二つの戦略で細胞内局在性の解析を進めた。一つ目が赤色蛍光タンパク質を用いた直接観察である。これは概要欄で述べたとおり芳しくない結果に至っており,タンパク質発現系のブラッシュアップから見直す必要があると感じている。もう一つが古典的な細胞分画による細胞内局在性の解析である。しかしながら,これは恐らく酢酸菌の特徴と思われるが,多くの水溶性タンパク質が膜画分に検出されるため,信頼できるペリプラズムマーカーの選定ができていなかった。私たちの別の研究から,ほとんど膜画分に検出されない酵素を見出したので,それをペリプラズムマーカーとして用いることに思い至った。しかしながら,野生株では他のタンパク質に由来する酵素活性が当該酵素活性をマスクしてしまうので,関連する遺伝子を破壊する必要がある。現在,この遺伝子破壊を進めている。 毒性物質生産や短寿命物質生産について,具体的な進捗はない。いずれにしても,当該酵素の細胞内局在がペリプラズムあるいはペリプラズム側であることを示す必要があると感じる。よって,細胞内局在性の解析を進めることを優先した。しかし,こちらの方は具体的な成果を得るまでには至っていない。当初の想定よりも順調に進んだ課題と合わせて,「おおむね順調に進展」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
三つの観点,①高速物質変換,②毒性物質生産,③短寿命物質生産のうち,①高速物質変換については,プロトカテク酸までのペリプラズミック代謝工学をブラッシュアップするため,当該遺伝子をゲノムに組み込むことを計画している。この組み換え酢酸菌が構築できれば,単一菌株で物質生産が可能となる。酵素の細胞内局在性に関する研究では,ペリプラズムマーカーを準備し細胞分画実験の構築を目指す。 ペリプラズムにはATPなどの補酵素が存在しないことが考えられる。よって,ペリプラズミック代謝工学は限定的と言える。現在までに本課題でペリプラズミック代謝工学に取り組んだ酵素はリアーゼに分類される酵素のみであり,酵素の分類から見たときに,どれだけのバリエーションが可能であるのかを実証する必要があると感じている。原理から考えると加水分解酵素や異性化酵素も実現可能性が高い。そこで,ペリプラズミック代謝工学の可能性を酵素の分類という視点から検討する。酢酸菌は糖類の酸化能が高いので,それに結び付ける事が可能な加水分解酵素スクラーゼや糖類異性化酵素をペリプラズムに移行させることを計画している。例えば,スクロースをペリプラズミック代謝工学で発現させたスクラーゼでグルコースとフルクトースに加水分解する。生じるグルコースを,酢酸菌が天然に有している細胞表層酸化系によってグルコン酸ならびにケトグルコン酸に,フルクトースをケトフルクトースに変換する。このような物質変換系を構築できるかどうかを検証する。毒性物質生産や短寿命物質生産の試みについては,上記の酵素の分類からみた拡張を検討した後に,より広い視野で進めたいと考えている。
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