研究課題/領域番号 |
20H02905
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
小山内 崇 明治大学, 農学部, 専任准教授 (60512316)
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研究分担者 |
久堀 徹 東京工業大学, 科学技術創成研究院, 教授 (40181094)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | シアノバクテリア / 微細藻類 / 発酵 / 酵素 / クエン酸回路 / 糖代謝 |
研究実績の概要 |
本研究では、単細胞性ラン藻であるシネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)を主材料に、酸素応答のメカニズムを解明する。特に、酸素が少ない低酸素条件(発酵条件)において、シネコシスティスは、コハク酸、乳酸、酢酸などの有機酸や、水素などを生産することが知られている。このため、シネコシスティスの低酸素応答を調べることは、基礎生物学的なメカニズムの解明のみならず、有用物質生産などの代謝工学(メタボリックエンジニアリング)にもつなげることができる。 この目的のために、遺伝子改変株を用いた生理学的・分子生物学的解析と、代謝酵素を用いた生化学を進めている。初年度の成果として、まず遺伝子改変株を用いた解析では、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ(MDH, 遺伝子名citH)の過剰発現株をシネコシスティスで作製し、代謝解析を行なった。その結果、このリンゴ酸デヒドロゲナーゼ過剰発現株では、低酸素条件でクエン酸回路の代謝産物の生成量が増大することが明らかになった。この結果は、Iijima et al. (2021)として、Metabolic Engineering誌に受理され、発表することができた。 また、生化学解析では、クエン酸回路の代謝産物分配に着目した。酸素がある条件では、クエン酸回路は教科書通りの方向(クエン酸→イソクエン酸→2ーオキソグルタル酸・・・)で代謝が進んでいく。しかし、シネコシスティスは酸素がない条件では、クエン酸回路が逆回転をすることが知られている。このメカニズムを調べるために、リンゴ酸デヒドロゲナーゼなどの酵素を精製し、生化学解析を行なったところ、pHやマグネシウムイオンなどがクエン酸回路の方向性を決めることに重要であることがわかった。この結果は、Ito et al. (2021) として、Plant Journal誌に受理され、発表することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度には、Metabolic Engineering誌(Iijima et al. 2021)とThe Plant Journal誌(Ito et al. 201)にそれぞれ論文を発表することができた。両論文ともに、責任書者は、本研究計画の代表者である明治大学小山内である。特に後者の論文は、The Plant Journal誌のResearch Highlightにも選出されるという名誉な結果となった。 内容としても、低酸素条件でコハク酸などの代謝産物がシグナルとなって糖代謝のフィードバック阻害を起こすことなどを明らかにした。この解析では、リンゴ酸デヒドロゲナーゼの改変株を用いて、クエン酸回路による糖代謝上流の制御機構の存在を示唆している。以前に我々が発表した論文(Ito et al. 2020)では、クエン酸が糖代謝上流の酸化的ペントースリン酸経路のフラックスを阻害するという結果を得ていたが、本結果もこれを支持するものであった。 また、生化学の論文では、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ、クエン酸シンターゼの3つの酵素を試験管内で組み合わせた、合成生物学的手法を用いた解析を行なった。このような解析では、基質や生成物、エフェクターの濃度が不規則に変化するため、1つずつの酵素の生化学解析ではわからないことが明らかになる。実際、本解析によって、低酸素条件では、pHや金属イオンによってクエン酸回路の方向性が変わることが明らかになった。このような合成生物学的手法をラン藻のクエン酸回路に適用した例は初めてであり、The Plant Journal誌のResearch Highlightに選出されるほどの事例となった。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は、遺伝子改変株とメタボローム代謝解析と酵素の生化学解析を行い、上記の通り、論文を発表してきた。しかし、低酸素シグナルを一気通貫で明らかにするためには、遺伝子の転写解析から酵素・代謝産物までを明らかにする必要がある。 低酸素条件下で、シネコシスティスの糖代謝を制御すると思われるタンパク質は、RNAポリメラーゼシグマ因子SigEである。SigEは、グループ2シグマ因子という、主要型シグマ因子(グループ1シグマ因子)に近いタンパク質である。このため、すでに生化学解析、遺伝子欠損株の解析、遺伝子過剰発現株の解析などが行われているにもかかわらず、その制御配列が明らかになっていない。これには、次世代シークエンス解析やクロマチン免疫沈降など、従来とは異なる解析手法を導入することが必須である。すでに我々はこれらの解析系の立ち上げに着手しているが、まずは抗体の作成や、転写制御因子にタグをつけた遺伝子改変株の構築が必須となる。また、クロマチン免疫沈降の条件検討や、次世代シークエンス解析の基盤構築が必須である。初年度にこれらの解析を立ち上げたのち、2年目以降に転写制御因子の解析を行い、グループ2シグマ因子SigEの制御機構を明らかにする。 これにより、低酸素条件におけるシグナル伝達を転写から代謝のレベルで明らかにすることが可能であると考えている。このように、転写、代謝解析、生化学解析と多方面で研究を進めているため、得られた結果に従って、後半ではより注力する部分を決定していく。また、新型コロナウイルスの影響で実験ができない期間が長くあったため、この期間に行うべきであった実験についても後半の研究計画に盛り込んでいく。
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