研究課題/領域番号 |
20H02910
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
宮園 健一 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 特任准教授 (90554486)
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研究分担者 |
栗崎 晃 奈良先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 教授 (60346616)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | TGF-β / シグナル伝達 / タンパク質分子間相互作用 / 構造解析 / がん / 制御 |
研究実績の概要 |
サイトカインの一種であるTGF-βは、細胞の増殖や分化、細胞死(アポトーシス)、免疫、血管新生、細胞外マトリック産生等の多様な生命機能を制御する。そのため、TGF-βシグナル伝達系の機能不全は、がんの発生や悪性化と強く関係している。本研究では、細胞内TGF-βシグナル伝達系の主要転写因子SMAD2およびSMAD3(以降SMAD2/3)に着目し、がん細胞内で形成されるSMAD2/3を中心とした転写因子複合体の解析とその制御を目指した研究を推進している。SMAD2/3は、非常に多様なタンパク質(補因子)と特異的に相互作用することによって、その機能の制御が行われることが知られている。SMAD2/3補因子の中には、がん細胞において発現が亢進しているものが多数存在しており、その影響によってTGF-βシグナル依存的ながんの発生や悪性化が誘導されていることが知られている。つまり、がんの発生や悪性化に関与するSMAD2/3-補因子複合体の構造を解明し、構造に基づいたその複合体形成阻害分子の作出が達成されれば、TGF-βシグナル依存的ながんの発生や悪性化を阻害することができると期待される。 SMAD2/3依存的な転写活性化には、転写活性化因子であるCBP/p300が必要である。2020年度の研究では、SMAD2-CBP複合体のX線結晶構造解析に成功し、その複合体形成の構造基盤を解明できた。また研究の過程でSMAD2に対する結合力が強くなるCBP変異体を得ることに成功し、そのCBP変異体を細胞内で発現させると、TGF-β依存的な転写を抑制できることが示された。以上の成果は、SMAD2/3-補因子間の相互作用阻害によってTGF-βシグナルを特異的に阻害することができることを示す重要な成果であり、論文として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度の研究計画では、SMAD2/3-CBP/p300複合体、SMAD2/3-SKI/SNON複合体、SMAD2/3-TGIF複合体、SMAD2/3-FOXM1複合体の構造解析研究を計画していた。各複合体の形成にかかわるタンパク質は、大腸菌の異種タンパク質発現系を用いて調製した。その結果、SMAD2/3-CBP複合体、SMAD2/3-SKI/SNON複合体の再構成に成功し、SMAD2-CBP複合体に関しては結晶化・X線結晶構造解析法による構造決定まで達成された。得られたSMAD2-CBP複合体構造を基に行った変異体解析の結果、SMAD2との結合に重要なCBPの残基を同定し、SMAD2に対する結合力が増強するCBP変異体の取得にも成功した。レポーターアッセイにより、このCBP変異体ペプチド(機能強化型CBPペプチド)を細胞内で発現させると、TGF-βシグナル依存的なレポータータンパク質の発現を抑制できることが示された。TGF-β/SMAD経路においては、転写活性化因子であるCBP依存的に転写の活性化が起きることが知られている。機能強化型CBPペプチドがSMAD2-CBP間の相互作用と競合することによって、TGF-βシグナル依存的な転写の抑制が起こったと考えられる。 細胞内タンパク質分子間相互作用をターゲットとした新規TGF-βシグナル阻害物質を作製するため、機能強化型CBPペプチドに細胞膜透過性を付与するような改変を行った。これまに、共焦点レーザー顕微鏡による観察によって、作製したCBP改変ペプチドが細胞内に蓄積することが観察できた。TGF-βの刺激依存的に形成されるSMAD2-CBP複合体の形成を阻害することによって、シグナル依存的な転写の活性化を抑制することが期待される。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度の研究では、引き続きがんの発生や悪性化に関与する転写因子複合体の構造学的な解析を行う。具体的には、まだ複合体構造の得られていないSMAD2/3-SKI/SNON複合体、SMAD2/3-TGIF複合体、SMAD2/3-FOXM1複合体の大量調製、結晶化及びX線結晶構造解析研究を進めていく。各タンパク質は大腸菌等の異種タンパク質発現系を利用して調製する他、SMAD2/3との結合領域が短い補因子に関しては、合成ペプチドを利用して複合体の再構成を行う。プルダウンアッセイや、等温滴定カロリメトリー、表面プラズモン共鳴等の測定技術を利用し、各タンパク質の相互作用を定量的に解析する。各転写因子複合体の良質な結晶が得られた場合、大型放射光施設(Photon Factory)にて、転写因子複合体結晶のX線回折データを取得する。得られたデータを用い、分子置換法による構造決定を行う。構造の妥当性を変異体解析によって評価する。 2020年度の研究で得られたSMAD2-CBP複合体の構造を基に、細胞膜透過能を持ったSMAD2-CBP相互作用阻害ペプチドの設計開発を進める。GPU計算機を利用したin silico計算により分子間相互作用の増強が見込める変異の候補を選抜する。実際に変異が導入されたペプチドを作製し、SMAD2/3との相互作用を等温滴定カロリメトリー(ITC)等で定量的に評価する。機能を向上させた阻害ペプチドに膜透過性ペプチド(HIV TAT配列 、Penetratin等)を融合し、膜透過性を持たせる。得られた膜透過性阻害ペプチドの細胞膜透過性は、共焦点レーザー顕微鏡で評価し、膜透過が確認できた阻害ペプチドは、レポーターアッセイ系やリアルタイムPCR・ウェスタンブロット等で、そのTGF-βシグナル伝達系への影響を評価する。
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備考 |
TGF-β依存的な転写活性化に必要なSMAD2-CBP複合体の解析結果に関して論文を発表し、その内容をプレスリリースした。また研究内容に関して、概論を研究室ホームページで公開した。
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