本研究では、脂質恒常性の鍵を握る脂質輸送型ABCタンパク質を対象として、その作用機構の残された謎を明らかにすることを目的とした。特に動脈硬化に関わるヒトABCA1に着目し、その作用機構の仮説モデルを提唱し、これを検証するため、ABCA1による新生HDLのin vitro生合成系の構築、および高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を利用したABCA1による新生HDL生合成のリアルタイム観察を遂行した。その結果、ABCA1はATP依存的に細胞膜中の脂質を自身の細胞外ドメインへと輸送・蓄積すること、さらに蓄積した脂質を血中の脂質受容体であるアポA-Iへと引き渡すことで新生HDLを産生することが明らかとなった。クライオ電子顕微鏡を用いたABCA1の単粒子解析においても上記の高速AFMによる観察結果と概ね矛盾のない結果が得られつつある。 本研究により、ABCA1は輸送体としての機能だけでなく、脂質の貯蔵庫としての機能、さらにアポA-Iに対する受容体としての機能も発揮しており、脂質輸送型ABCタンパク質の作用機構の従来の常識を覆す新たな学術的発見に繋がった。本研究で得られた知見は、HDLを基軸とする動脈硬化症の新規治療方法創出への貢献をはじめ、当該分野に留まらず、新規医薬品及び診断薬等をはじめとする関連の医学薬学分野にも大きな波及効果が期待される。本研究成果は、脂質輸送型ABCタンパク質の分子機構のより直接的な理解に繋がっただけでなく、新たな病因・病態解明研究、及び画期的な診断・治療・予防法に関わる研究開発に重要な貢献ができると予想され、研究成果は将来の国民の健康維持という形で社会還元することができると期待される。
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