研究実績の概要 |
CRISPR-Cas系は原核生物の獲得免疫系であり、crRNAとCasタンパク質から構成されたエフェクターがウイルス核酸を分解して感染を抑制する。一方、最近の研究から、一部のCRISPR-Cas系エフェクターがトランスポゾンにコードされており、DNAの転移に関与することが報告されている。本研究の目的は、トランスポゾンにコードされたCRISPR-Cas系エフェクターの機能構造解析を推進し、DNAの転移を引き起こすしくみを解明することである。 多くのビブリオ属細菌には、トランスポゾンにコードされたCRISPR-Cas系が保存されている。このDNA転移にはI-F型CRISPR-Cas系エフェクターとトランスポゼースが関与する。I-F型エフェクターは、Cas6, Cas7, Cas8の3種類のCasタンパク質とcrRNAから構成される。I-F型エフェクターがcrRNAのガイド配列と相補的なゲノム領域を探索した後、TnsA, TnsB, TnsC, TniQから構成されたトランスポゼースがリクルートされ標的部位の近傍にDNAを挿入する。 本研究では、Cas6, Cas7, Cas8, TniQおよびcrRNAから成る複合体(TniQ-Cascade)を大量調製した。次に、クライオ電子顕微鏡を用いてTniQ-Cascadeの単粒子解析を行った。その結果、分解能3.6Åの電子密度が得られ原子構造モデルを構築した。TniQ-Cascadeは1分子のCas6, 6分子のCas7, 1分子のCas8, 2分子のTniQ, 1分子のcrRNAを含むと考えられるが、今回の解析では、Cas6およびTniQの電子密度を確認することができなかった。また、Cas8の構造も揺らいでおり完全な複合体構造の決定には至らなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、まず、Cas6, Cas7, Cas8, TniQおよびcrRNAから成る複合体(TniQ-Cascade)を大腸菌内において合成した。大腸菌の破砕液から各種クロマトグラフィーを利用してTniQ-Cascadeを精製した。crRNAのガイド配列と相補的な配列を含む2本鎖DNAおよび精製したTniQ-Cascadeを混合して、両者が特異的に相互作用することを確認した。また、クライオ電子顕微鏡を用いてTniQ-Cascadeの単粒子解析を行った結果、分解能3.6Åの電子密度が得られ原子構造モデルを構築した。構築した立体構造モデルでは、6分子のCas7、Cas8の一部、crRNAの一部が含まれていたが、それ以外の部分については十分な電子密度を確認することができず、完全な原子構造モデルの構築には至っていない。この理由としては、(1) 構造が揺らいでおり、個々の粒子がヘテロな構造をとっているため、電子密度を得る際に平均化されてしまって電子密度の一部が消失した可能性、(2) サンプルを凍結する際にTniQやCas6などが複合体から解離した可能性、などが推定される。この問題を解決するために、他のコンストラクトを調製するとともに、現在得られているデータを再解析している状況である。
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今後の研究の推進方策 |
完全なTniQ-Cascadeの立体構造を解明するために、現在得られているデータを再解析して、他のサブユニットの可視化を試みる。また、サンプルの凍結条件を最適化するとともに、解析に使用するサンプルのコンストラクトを変更する計画である。さらに、標的DNAを含んだサンプルを調製してクライオ電子顕微鏡による単粒子解析を試み、標的と結合した複合体の立体構造を決定する計画である。 これまでに、TniQ-Cascadeが標的DNAと結合する活性を確認しているが、DNA転移活性については未だ確認できていない。DNA転移活性を試験管内で再構成するためには、TniQ-Cascadeに加えてTnsA, TnsB, TnsCから成るトランスポゼースが必要となる。今後、TnsA, TnsB, TnsCを調製して、試験管内におけるDNA転移活性の再構成を目指す。また、in vivoにおけるDNA転移活性の再構成もめざす。
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