温度適応機構の分子メカニズムの解明は、生物の理解と適応システム活用の面で重要である。研究代表者らは、主に熱帯や亜熱帯で栽培される「インド型イネ」と温帯で栽培される「日本型イネ」の間で温度適応性の違いがあることに着目し、両タイプのイネを親にして作出した複数の単交配集団(RIL)を用いた遺伝育種学研究により、高温耐性に関わるインド型品種由来の新奇遺伝子座qHT11を同定した。 本研究では、qHT11の作用を解析するため、日本型品種のコシヒカリにqHT11を持つ準同質遺伝子系統(NIL)を作出した。室内でのチャンバーを用いた試験により、qHT11が高温条件下でバイオマスを増加させる機能があることを明らかにした。そのメカニズムを明らかにするため、RNAseq解析を実施した。その結果、qHT11により発現が増加する遺伝子61のうち17(28%)が高温誘導性遺伝子で、qHT11により発現が低下する遺伝子が155のうち64(41%)が高温抑制性遺伝子であった。これは、qHT11により一部の高温応答が引き起こされていることを意味し、qHT11を導入することで高温適応への準備がなされている可能性が示唆された。 また、qHT11の野外での効果について検討した。2020年から2023年の4年間のつくば圃場での試験結果をまとめると、qHT11は、出穂日への効果はないが、草高、稈長、茎葉重の増加をもたらし、生育の向上に寄与した。籾重や整粒粒比については、年や圃場環境にもよるが平均すると増加傾向を与えた。高温環境であった2023年は、qHT11の準同質遺伝子系統はコシヒカリに比べて、籾重は12%、整粒粒比は29%増加した。この結果は、温暖化傾向にある野外環境でのqHT11の有用性を示唆する。
|