研究課題/領域番号 |
20H02996
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鈴木 雅京 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 准教授 (30360572)
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研究分担者 |
横山 岳 東京農工大学, (連合)農学研究科(研究院), 准教授 (20210635)
酒井 弘貴 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構, 生物機能利用研究部門, 研究員 (30814660)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 性決定 / 性分化 / 雌雄モザイク / 脂肪体 / シングルセルシーケンス / 細胞自律的性決定 |
研究実績の概要 |
本研究では「昆虫の性は細胞自律的に決まる部分と 細胞非自律的に決まる部分との総体からなる」との仮説をたて、これを検証するために雌雄モザイク個体の性分化を細胞レベルで捉えることにした。令和2年度は、脂肪体における性分化を細胞レベルで捉えるため、雌、雄、雌雄モザイク体の脂肪体から調整した細胞をscRNA-seqに供試した。令和3年度はこのscRNA-seqのデータ解析をより詳細に行った。tSNE解析により遺伝子発現アルゴリズムが類似した細胞のクラスタリングしたところ、10個のクラスターを得ることができた。雌の脂肪体で高発現することが知られるsp-1の各クラスターにおける発現量をバイオリンプロットで視覚化した結果、雌雄モザイク由来の細胞は、高い発現を示す細胞と雄と同等の低い発現を示す細胞に分かれることが判明した。次に、de novo RNA-seqを行い、雌雄の脂肪体で性的二型発現を示す遺伝子(sex-differentially expressed genes、以後S-DEGs)570個を同定した。Femの発現量に基づき雌雄モザイク脂肪体におけるZZ/ZW細胞の割合を求め、この値を元にS-DEGsの発現が細胞自律的な制御を受けると仮定した場合の各S-DEGの発現量を推定した。この推定値とde novo RNA-seqにより計測された雌雄モザイク脂肪体における各S-DEGsの実測値との間には極めて高い相関性が認められた。以上の結果から、脂肪体のトランスクリプトームは細胞レベルで明瞭な性差示すこと、性的二型発現を示すほぼ全ての遺伝子の発現動態は個々の細胞が持つFemの存否によって説明できることが明らかとなった。一方で、32個のunigeneはFemの存否だけでは説明できない発現量を示すことも明らかとなった。これらの遺伝子の発現は細胞外の何らかの因子により制御されていると予想された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和2年度の研究成果により、雌雄モザイクカイコおよび正常な雌雄のカイコの脂肪体から分取した細胞をシングルセルシーケンスに供試し、データを取得するところまで進めることができた。令和3年度はこのデータのより詳細な解析を行ったが、個々の細胞におけるリードの深さが1万リード以下と浅いため、詳細な解析には耐えられないことが判明した。このため、当初性分化の指標として注目していたFemやMasc、ImpMの発現を捉えることができず、雌雄モザイクにおいて性分化がどのような影響を受けているのか評価できないという問題に直面した。そこでde novo RNA-seqを行い、雌雄モザイクの脂肪体における遺伝子発現プロファイルを網羅的に同定することにより、雌雄モザイクが性分化に及ぼす影響を捉えることにした。雌雄の脂肪体のトランスクリプトームを比較したところ、発現量に有意な差を示した遺伝子(sex-differentially expressed genes、以後S-DEGs)を570個同定することができた。Femの発現量に基づき雌雄モザイク脂肪体におけるZZ/ZW細胞の割合を求め、この値を元にS-DEGsの発現が細胞自律的な制御を受けると仮定した場合の各S-DEGの発現量を推定した。その結果、538個のS-DEGsについて、この推定値とde novo RNA-seqにより計測された雌雄モザイク脂肪体における各S-DEGsの実測値との間には極めて高い相関性が認められることがわかった(r=0.932, p=10-252)。このことから、性的二型発現を示すほぼ全て(約94%)の遺伝子の発現が、個々の細胞の性(Femの存否)により制御されることが明らかとなった。このように、当初予定していたシングルセルシーケンスによる評価結果は良好ではなかったが、その解決策として採用したRNA-seqによりカイコの脂肪体における性分化が細胞自律的に起こることを示唆する有力な結果を得ることに成功したことから、現在までの進捗状況は「おおむね順調に進展している」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
脂肪体以外の組織においても細胞自律的な性分化がみられるか明らかにするため、RNA-seqにより、脳、消化器官、生殖巣におけるS-DEGsを同定し、それらの雌雄モザイクカイコにおける発現量を調べることにより、S-DEGs の発現制御がFemの存否により説明できるかどうか検証する。これにより、カイコ全身の性的二型発現を示す遺伝子のカタログ化も可能となり、さらにそれらのうちどれがFemの発現制御下にあり、どれがそうでないのか、という点が明確にできる。言い換えれば、カイコの細胞自律的な性分化の様相を遺伝子レベルで語ることができるようになる。一方で、Femの発現制御下にない遺伝子については、何がその発現を制御するのかを明らかにする。これにより、長年昆虫では謎であった細胞非自律的な(ホルモンなどの液性因子による)性分化制御機構の手がかりを得ることができる。すでに令和3年度の研究成果により、脂肪体において同定されたS-DEGsの中に細胞非自律的な性分化の担い手となり得る可能性を秘めた遺伝子をいくつか見出している。すなわち、JH代謝に関わる酵素やJH結合タンパク質遺伝子の発現量は雄の脂肪体で雌に比べ約50倍、神経分泌ペプチドsNPF遺伝子の発現量は雌の脂肪体で雄に比べ約100倍、エボニン、グロベリン、セクロピンなどの抗菌タンパク質遺伝子の発現量が雄の脂肪体において雌に比べ約4倍高発現することを我々は見出した。広範な動物種において、成長速度や体サイズ、免疫力に性差が認められることはよく知られているが、脂肪体において性差を示す上述の遺伝子がこれらの生理学的性差を生み出すと我々は予想している。本年度はこの仮説を検証するため、雌雄モザイクカイコにおける成長速度、体サイズ、免疫力の性差とこれらの遺伝子の発現量を定量化し、それらの間にどの程度の相関性が見られるか明らかにする。
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