昆虫が1年間に世代を繰り返す性質を化性という.化性は遺伝的な影響を強く受け,昆虫ごとにその行動や形質,生育する環境とよく適合している.しかし,化性の違いを生み出す遺伝的基盤は不明である.本研究では,時計遺伝子における変異が昆虫の化性決定に寄与することを,高精度なゲノム情報と高度な遺伝子組換え技術が利用できるカイコを用いて実証する. 本研究の目的は,カイコを用いて昆虫の化性決定機構の分子基盤を明らかにすることである.そのために,以下の3つの課題達成を目指し,それぞれ成果を得た. 1. チョウ目昆虫の概日時計システムを明らかにする.時計遺伝子cryptochrome 1(cry1)のノックアウト系統の羽化リズムおよび休眠性を調査した成果を原著論文として発表するための準備を進めた.時計遺伝子のダブルノックアウト系統をいくつかの組み合わせで樹立し,時計遺伝子間の関係性を調べた.また,生体を用いて推測された時計遺伝子の機能について,培養細胞を用いて生化学的な実験により検証するシステムを構築した.さらに,時計を動かすシステム(入力系)や時計情報を伝達するシステム(出力系)にかかわる遺伝子候補のノックアウトカイコを樹立し,休眠性を調査した. 2. 時計遺伝子に改変を施すことで概日時計を操作し,化性への影響を評価する.時計遺伝子改変系統の樹立までには至らなかったが,ドナーDNAとして一本鎖DNAを用いてCRISPR/Cas9によりノックインを行う方法に活路を見出しつつある. 3. 大規模ゲノム情報解析から化性の変化につながった変異を同定し,化性の変化を再現する.2022年に公開されたカイコ約1000系統のゲノム情報および形質情報を利用し,大規模比較ゲノム解析を行うことで,化性の変化に影響をあたえうる遺伝子およびアミノ酸置換を同定した.今後,ゲノム編集により変異を導入し,化性の変化を再現する.
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