本研究では、常緑針葉樹の冬季の光合成調節機構の解析を進めている。これまでの研究で、イチイ、トドマツ、エゾマツ、アカエゾマツの比較から、いずれの樹種でも光化学系IIの減少を伴う光化学系IIの調節(とくに苗木で強光下の場合)とそれを伴わない調節(とくに樹齢の高い樹木の場合)が起こることがわかってきた。そして、後者の場合はELIPとよばれる膜タンパク質が重要な役割を果たすと考えられる。R6年度は、シロイヌナズナの野生株とELIP欠損株のそれぞれを宿主として、イチイのELIP過剰発現株を作成した。この株の形質を調べるため、室温および低温条件において、光化学系IIのクロロフィル蛍光を暗所処理後(Fo)、飽和光処理後(Fm)測定したが、宿主株と過剰発現株において違いはみられなかった。また、一定の強度の環境光照射後のクロロフィル蛍光のパターンを比較したが、このパターンにも違いは見られなかった。ELIPの発現レベルがイチイに比べて1%程度しかなかったため、シロイヌナズナでは何らかの理由により、ELIPが十分に蓄積せず、形質を発現できなかったと考えられる。また、上記の実験とは別に森林総研北海道支所において育成したイチイ、トドマツ、エゾマツ、アカエゾマツにおけるELIPの蓄積を、プロテオミクス(質量分析)によって確認した。イチイにおけるELIPの発現が最も大きかったが、それ以外の3つの樹種においても冬季に顕著なELIPの誘導を確認することができた。これらの結果から、ELIPの冬季の蓄積と光化学系II量子収率の低下はどの樹種でも共通であることが確認された。また、他の3つの樹種と比べて、イチイにおいては、冬季の熱放散におけるELIPの役割が大きいことが考えられた。
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