森林の生物多様性の維持とその機能を最大化させる保全対策を確立するうえで、下層植生の生存戦略を理解することは非常に重要である。申請者らは、日本各地の様々な植生の林床に生育する150種以上の植物について、柵状組織細胞の形状および葉緑体の細胞内配置を調べ、細胞形状が光環境に適応していることを発見した。すなわち、直射日光の届かない林床にのみ生育可能な植物種の多くは、柵状組織細胞が逆円錐形であった。逆円錐形の細胞は、微弱光を効率よく吸収するためには理想的であり、植物が弱光環境で生育するための、新たな適応現象ではないかと考えられる。そこで本研究では、異なる柵状組織細胞の形状を示す植物種を用いて、光吸収量や光環境への適応の有無を比較解析した。解析の結果、逆円錐形細胞の形状をもつ植物は、太い円柱形をもつ植物よりも葉における光吸収量が高くなることが分かった。その一方で、逆円錐形の細胞をもつ植物は、短時間の強光照射により、重大な光阻害が生じることが分かった。すなわち、逆円錐形の柵状組織細胞は、限られた光が届かない暗い林床で生育する植物にとって理想的であることが示唆された。その一方で、柵状組織細胞の形状が逆円錐形を示すことにより、葉緑体が光を避けるスペースが縮小されるため、強光を避けることができない。つまり、変動環境や強光環境で生育する植物が逆円錐形の柵状組織細胞を示すと、危険であることが示唆された。
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