研究課題/領域番号 |
20H03122
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研究機関 | 帯広畜産大学 |
研究代表者 |
宮本 明夫 帯広畜産大学, 畜産学部, 教授 (10192767)
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研究分担者 |
今川 和彦 東海大学, 総合農学研究所, 教授 (00291956)
島田 昌之 広島大学, 統合生命科学研究科(生), 教授 (20314742)
草間 和哉 東京薬科大学, 薬学部, 助教 (30579149)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 精子 / 受精卵 / 免疫寛容 / 受胎 / ウシ |
研究実績の概要 |
初年度の目的は、ウシ人工授精から始まる7日間で起こる母体の精子と受精卵センシングによる免疫応答システムの詳細を示し、受胎成立に必要な母体免疫寛容を促進するアプローチを示すことである。具体的には、(1)子宮の精子センシングと自然免疫反応、(2)受精での精子センシング、(3)子宮の初期胚センシングによる母体免疫寛容誘導、の調節機構解明である。 (1)子宮の精子センシングと自然免疫反応:ウシ子宮の2つのin vitro系(単層培養系とex-vivo系)で、TLR2特異的なエンドトキシン(ペプチドグリカン:PGN)が、精子と子宮内膜の相互作用に及ぼす影響を検証した。CD44とTLR2が結合した細胞内シグナルを解析し、精子がこれらの分子と相互作用することを示した。PGNはCD44と結合してTLR2に作用し精子同様の炎症を誘導すると予想したが、反対に子宮の精子への炎症反応を完全に遮断したことから、むしろ潜在性子宮内膜炎の状況を反映する可能性が示された。 (2)受精での精子センシング:ウシ体外受精系を活用して、TLR2アゴニスト(PAM)によって精子TLR2を活性化して受精すると、精子内Ca2+ 濃度上昇と卵子透明帯への侵入が促進され、受精率・発生率が上昇することが明らかとなった。精子受精能獲得要素である「先体反応」と「精子運動解析」による「超活性化」についても検証中である。 (3)子宮の初期胚センシングによる母体免疫寛容誘導:初期胚が分泌した微量のIFNTが少数の免疫細胞(PMN)を刺激して、その後、迅速にPMN同士のコミュニケーションでIFNTシグナルを増幅して免疫システムを「寛容型」に誘導するメカニズムを見出した。さらに、受精卵移植供卵牛の10個前後の初期胚が存在するDay7の子宮灌流液を解析し、細胞外小胞(EV)とmiRNAsが増加し、好中球機能に関する要因が多く存在することも分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度の計画の(1)子宮の精子センシングと自然免疫反応、(3)子宮の初期胚センシングによる母体免疫寛容誘導の主な部分は詳細な検証が進んだ。一方で、(2)受精での精子センシング、は大学の方針で一時期実験が中断したため、計画を一部、2021年度に延期した。 1. ウシ子宮内免疫環境は、精子によってTLR2を介してTh1型(炎症性)に誘導される事実から、TLR2特異的なエンドトキシン(ペプチドグリカン:PGN)が、精子と子宮内膜の相互作用に及ぼす影響を検証した。PGNはCD44と結合してTLR2に作用し精子同様の炎症を誘導すると予想したが、反対に子宮の精子への炎症反応を完全に遮断したことから、PGNが膜成分の90%を占めるG+病原体が要因である潜在性子宮内膜炎の状況を反映する可能性が示された。 2. 受精での精子センシング(2021年度に遅延):ウシ体外受精系を活用して、TLR2アゴニスト(PAM)によって精子TLR2を活性化して受精すると、精子内Ca2+ 濃度上昇と卵子への侵入が促進され、受精率と発生率が上昇することが明らかとなった。 3. 子宮の初期胚センシングによる母体免疫寛容誘導:初期胚が分泌した微量のIFNTが特定の免疫細胞(PMN)を刺激して、その後、迅速にPMN同士のコミュニケーションでIFNTシグナルを増幅して免疫システムを「寛容型」に誘導するメカニズムを見出した。さらに、10個前後の初期胚が存在するDay7の子宮灌流液を解析し、細胞外小胞(EV)とmiRNAsが増加し、好中球機能に関する要因が多く存在することも分かった。
以上の成果は主要な国際専門誌に6報の原著論文を発表し、学会で報告した(1つは優秀発表賞)。これらの状況から、「おおむね順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
上述のごとく成果は概ね順調に進展している。合わせて、本研究成果によるウシの人工授精から受精、初期胚発生までの7日間の、受胎に向けた配偶子と子宮、卵管との免疫クロストークの新しい概念の進展は、国際的に大きな興味を引いており、いくつかの主要な大型国際学会での招待講演や招待総説の機会が続いている。今後、この概念を基盤とした、受胎性を向上させる現実的な技術開発の展望までを示すことを目指す。以下に、申請当初の研究計画に基づいて予定を列記する。 1. 精子TLR2の機能を詳細に調べる。特に、精子の運動性と代謝への影響、受精能獲得との関係について複数の実験モデルを用いて検証する。 2. 上記1の視点は、2つの大きな方向性を意味すると考えている。1つはTLR2を活性化された精子の授精直後の子宮内における子宮腺侵入と炎症反応誘導への関わりである。この点については、子宮小片のex vivo モデルを駆使して、精子の動態と子宮腺の炎症応答の関係について詳細を調べる予定である。2つ目は、TLR2を活性化された精子の受精能力が上がることが証明できたが、発生した初期胚の質的に向上する可能性である。この点については、アポトーシスや発生関連遺伝子発現を中心に検証予定である。 3. 研究の進展が予想を超えて早いので、可能なタイミングで、ウシ受精卵移植の生体モデルで、子宮内TLR2刺激による弱い炎症反応誘起のアプローチから、その7日後に移植される受精卵の受胎性の検証を始める予定である。
以上から、当初の研究計画を極めて発展的に推進することが期待される。得られた知見と概念から、ウシ受胎に向けた配偶子と母体の免疫クロストークを、TLR2を主要なセンシング・ツールとした切口で、さらに分子レベルのメカニズム解明とともに、応用技術への展望を示すことを目指す。
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