研究課題/領域番号 |
20H03166
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
昆 俊亮 東京理科大学, 研究推進機構生命医科学研究所, 講師 (70506641)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 細胞競合 / 多段階発がん / びまん性浸潤 / 腸管幹細胞 |
研究実績の概要 |
上皮細胞層にがん変異細胞が少数産生されたとき、正常上皮細胞とがん変異細胞との間で生存を争う細胞競合という生命現象が生じ、その結果がん変異細胞は上皮層より排除されることが近年明らかとなっている。しかしながら、個体が実際に発がんに至る過程において、細胞競合の制がん機能がいかに変容または破綻するのか、その分子メカニズムはほとんど解明されていない。研究代表者らは、がん抑制遺伝子であるAPC遺伝子が欠損すると細胞競合の機能が変容し、逐次的にモザイク誘導されたRas変異細胞が管腔に排除されず、むしろ基底膜へと浸潤し悪性度の高いがん細胞が産生されることを明らかにしている。また、腸管幹細胞では細胞競合による変異細胞の排除効率が著しく低下することも見出している。そこで本課題では、腸管上皮の遺伝的バックグラウンドや分化度の違いによって細胞競合の排除効率が変化する分子論的メカニズムの解明に取り組んだ。まず、APC→Rasの遺伝子変異の蓄積によって細胞競合の機能が変化する機序を解明するため、培養細胞にてマウスで見られた現象を再現することに成功し、トランスクリプトーム解析を行った結果、NF-κBシグナルが細胞非自律的に活性化し、さらに下流でMMP21の発現を増加することを突き止めた。さらに、これらの因子の機能を阻害すると細胞非自律的な変異細胞の基底膜へのびまん性浸潤が抑制されたことから、NF-κB-MMP21のカスケードが細胞競合の脱制御によるがん変異細胞の基底膜浸潤を促進することを見出した。また、腸管幹細胞が細胞競合に対して抵抗性を獲得する機構の一つとして、隣接するパネート細胞内のCOX2ががん変異腸管幹細胞の細胞競合による排除を抑制することを示唆する結果が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マウスで観察されたAPC/Ras変異細胞のびまん性浸潤を培養細胞の系にて再現するため、APC欠損と同様にWntシグナルを活性化するβ-cateninのN末欠損変異体を恒常的に発現する細胞株(β-catΔN細胞)とβ-cateninのN末欠損変異体を恒常的に発現し、かつテトラサイクリン依存的に活性化Ras変異を発現する細胞株を樹立した(β-catΔN/RasV12細胞)。上記細胞株を50:1の比率でコラーゲンゲル上に混合培養し、トランスクリプトーム解析を実施した結果、β-catΔN細胞と共培養したβ-catΔN/RasV12細胞では、MMPファミリーの中でMMP21特異的に発現が著増することを見出し、またMMP21をノックアウトするとβ-catΔN/RasV12細胞のコラーゲンゲルへの浸潤率が有意に低下したことから、MMP21が細胞非自律的なβ-catΔN/RasV12細胞の基底膜浸潤を制御する分子の一つであることが分かった。また、トランスクリプトームの発現情報を基にGSEA解析を行った結果、β-catΔN細胞と共培養したβ-catΔN/RasV12細胞ではNF-κBシグナルが活性化しており、NF-κBシグナルを阻害するとMMP21の発現増加ならびに-catΔN/RasV12細胞の基底膜浸潤率が有意に低下したことから、NF-κBシグナルがMMP21の発現増加を介して、細胞非自律的なβ-catΔN/RasV12細胞の基底膜浸潤を正に制御することを明らかにした。また、腸管オルガノイドの実験結果より、腸管幹細胞に隣接するパネート細胞ではCOX2の発現量が高く、COX2の特異的阻害剤であるLumiracoxibを添加すると、Ras変異腸管幹細胞の管腔側の逸脱率が増加したことから、パネート細胞はCOX2を介して隣接するRas変異幹細胞の管腔への逸脱を抑制することが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
APC/Ras変異細胞のびまん性浸潤をより多角的に評価するため、MMP21の発現増加を担うNF-κB経路のマウス生体内における機能的重要性を詳細に検討する。そのためにまず、腸管オルガノイドを用いてNF-κB経路の阻害剤であるBAY 11-7082を添加した際のAPC/RasV12変異細胞の基底膜へのびまん性浸潤率がどのように変化するかを調べる。さらには、APCmin/Villin-CreERT2/LSL-RasV12マウスにタモキシフェンによるRasV12変異誘導と同じタイミングで20 mg/kgのBAY 11-7082を腹腔内投与し、誘導3日後まで連日同量の薬剤を投与し、マウス腸管でのAPC/Ras変異細胞の浸潤率ならびにMMP21の発現量を評価する。これらの結果を統合して、NF-κB経路がMMP21を介してがん変異細胞のびまん性浸潤を生体内においても制御するかを検討する。さらには、ヒト大腸がんの中でも「小さな大腸がん」として診断されたEMR/ESD症例で、平坦もしくは平坦陥凹病変が認められる検体を収集し、MMP21ならびにNF-κB経路活性化の指標としてp65の発現量を検討する。また、TCGAなどの公共データベースを活用し、MMP21もしくはp65の発現量と生存率、致死的再発率、脈管侵襲、所属リンパ節や遠隔臓器への転移率との相関を調べ、分子病理学的な役割を検討する。腸管がん変異細胞が細胞競合に対して抵抗性を獲得する機構を解明するため、腸管オルガノイドを用いたスクリーニング系の確立に取り組む。具体的には、腸管Ras変異細胞の管腔への逸脱率を網羅的に定量できる系を構築し、低分子化合物を用いた一次スクリーニングを実施する予定である。
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