研究課題
動物個体における遺伝子改変は、遺伝子機能を解明するための手法として、医学・生命科学の発展に必須の技術となっている。近年のCRISPRシステムの到来により、ほとんどすべての動物で、受精卵での遺伝子改変を簡便に遂行できるようになり、動物実験の重要性がさらに高まってきた。ところが、このことは同時に、過去に例を見ないほどの動物実験の急増を招き、多くの研究機関において、飼育動物数が許容量の限界に達している。この状況を解決するためにも、また、動物実験の基本理念である3Rに鑑みても、動物実験を代替できる新たな方法の開発が望まれる。そこで本研究では、マウスES細胞から全能性幹細胞を樹立し、そこからの人工的初期胚の作製、さらには個体発生の再現を目指している。上記目的を達成するために、マウスES細胞から全能性状態を誘導するための培養条件を検討した。我々はこれまで、マウスES細胞において多数の遺伝子破壊を行う過程で、蛋白質の脂質修飾に関与する遺伝子のひとつを破壊することで、ES細胞が分化抵抗性の性質を獲得するとの知見を得ていた。そこで、この遺伝子の活性を阻害する物質の存在下でES細胞を培養するとES細胞の全能性が亢進するのではないかとの仮説を立てた。本阻害剤存在下での培養条件を検討し、免疫染色によるマーカー遺伝子の発現解析や、RNA-seqによる網羅的遺伝子発現解析を行うことで、現在までに、少なくともES細胞の多能性は亢進しているとの知見を得ることができた。また、実験の過程で、これまでにマウスES細胞の多能性制御の機能が報告されている他の阻害剤との比較も行い、本阻害剤の活性の新規性も確認した。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題の申請時には、転写因子の導入による全能性状態の誘導を計画していた。実際の研究過程で得た知見をもとに、当初計画を変更して、阻害剤の効果を優先的に検討し、一定の成果をあげることができた。当初予定の転写因子の導入を行う際にも、この阻害剤を併用することで、相乗的な効果を得られる可能性があり、概ね順調と判断した。
現時点で、本阻害剤によってマウスES細胞の多能性が亢進した所見を得ているものの、全能性の亢進にまで至っているか否かについては、さらなる検討が必要である。全能性状態を評価するには、研究対象の細胞からの胚盤胞形成能を定量的に計測するが必要ある。今後は、胚盤胞を構成する各細胞系譜に特異的な遺伝子を効率的に定量する実験系を樹立する。樹立した実験系を用いて、当初に計画していた転写因子導入による全能性状態の誘導も試みる。
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